11-4 アメリカで「慰安婦」少女像のせいで、日系人や在米日本人の子どもがいじめられている?

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日本の保守系メディアが言い出した日系人・在米日本人「いじめ」説

アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス近郊のグレンデール市に、2013年7月、市議会によって、「慰安婦」少女像が設置されました。これに反対する在米日本人や日系「新一世」移民(戦後になって移住した新しい移民)らは、日本の保守論客や活動家らと「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」を設立。2014年2月には、GAHTの代表であるロサンゼルス近郊在住の目良浩一氏らが、グレンデール市を相手取り、米国連邦地方裁判所に訴えを起こしました。のちに、カリフォ ルニア州裁判所にも訴えを起こしていますが、連邦地裁、州地裁ともに、原告の訴えを棄却しています。(裁判は続行中)

アメリカ・グランデールの「慰安婦」像(撮影者:小山エミ)

こうしたグレンデール市の「慰安婦」碑裁判を報じる日本の保守系メディアは、「慰安婦」碑が設立されて以来、グレンデール市において日系人・在米日本人の子どもに対するいじめや、日系人・在米日本人に対する攻撃が頻発しているとよく紹介しています。さらに右派のマンガ、『マンガ大嫌韓流』や『日の丸街宣女子』などでも、深刻ないじめが起きていると描かれています。また、グレンデール市を2014年1月に訪れた地方議員団(松浦芳子杉並区議団長)も、日本人の子弟が韓国人にいじめられたり、嫌がらせを受けているなどと報告しています。

日系人・在米日本人「いじめ」説には根拠がない

しかしながら、現地を取材した記者らに対して、現地の日系人や日系団体はそうした話は聞いたことがない、と答えています。また、グレンデール市警察およびグレンデール市教育委員会に問い合せても、そのような相談は一件も受けていないという返答だったということです。

在ワシントンDCの日本大使館及びロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴなどの日本総領事館は、「いわゆる歴史問題を背景とした、いやがらせ、暴言等の被害に遭われた方、具体的な被害情報をお持ちの方」に領事館に連絡をするようにという趣旨の案内をサイトに掲載しています。しかし東京新聞の報道(2014年8月29日)によれば、悪質な実例は寄せられていないと外務省は述べており、それ以降も具体的な被害が報告されたという報道はありません。

現地を視察した、次世代の党の衆議院議員(当時)の杉田水脈氏も、「また、日本人の子どもたちが虐めに遭っているという話も伝わってきていたので、現地の保護者の方に会って、直接話を聞きたかったんですが、残念ながら面会には応じてはもらえませんでした。だから子どもたちが具体的にどんな被害に遭っているのかはわかりません。しかし、現地のほかの方々から聞いた話によると、やはり何かしらの虐めに遭っていることは事実のようです。」と述べていますが、具体性のない曖昧な話にとどまっています。 上記の「地方議員の会」についても、報告はすべて当事者やその家族の訴えではなく、噂話のレベルにとどまっています。

日系人・在米日本人「いじめ」の公的な報告もない


GAHTの「慰安婦」碑訴訟の訴状にも、日系人・在米日本人の子どもに対するいじめについては一切記載されていません。また、日本で朝日新聞社を相手に在米日本人原告らが提訴した「朝日グレンデール裁判」においても、具体的ないじめの事例について訴状には記載されていません。

また、グレンデール市のみならず、他の都市や全米でも「慰安婦」問題をきっかけとして日系人や在米日本人へのいじめが起きているなどと報道する保守系メディアもあります。例えばジャーナリストの青山繁晴氏は、カリフォルニア州サンノゼで日本人の子どもたちがいじめを受けているという趣旨の発言を、2014年5月に関西テレビの番組で行っています。しかしながら、これについては青山氏の講演会を開催した主催団体が、サンノゼでのいじめの実態はないと否定しています。

今まで公的機関も一切いじめがあったする報告はしていません。訴えや報告がないから、日系人や在米日本人へのいじめが全く起きていないと断定はできませんが、少なくとも保守系メディアなどで言われているような、「慰安婦」像の設置を契機とした深刻ないじめが広範囲に広がっているという事例はありえないといえるでしょう。

<参考文献>
小山エミ「米国における「慰安婦」像と日系社会」『季刊戦争責任研究』第83号 2014年冬季号:25-31
東京新聞「こちら情報部「『慰安婦』で嫌がらせ?右派勢力懸念あおる」2014年8月29日
Mark Schreiber, “Tracking Southern California’s Elusive ‘Bullies’”, Number 1 Shimbun, FCCJ (The Foreign Correspondents’ Club of Japan), September 30, 2014. (http://www.fccj.or.jp/number-1-shimbun/item/471-tracking-souther-california-s-elusive-bullies/471-tracking-souther-california-s-elusive-bullies.html)

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