7-2 国連マクドゥーガル報告

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国連マクドゥーガル報告

マクドゥーガル報告とは、1998年8月および2000年8月の国連人権委員会差別防止少数者保護小委員会に、ゲイ・マクドゥーガル「組織的強かん、性奴隷制および奴隷制類似慣行に関する特別報告者」が提出した2つの報告書のことです。1998年報告書の付録は日本軍性奴隷制(「慰安婦」問題)を主題として取り上げ、国際法に基づく詳細な分析をもとに日本政府に対する勧告を呈示しています。2000年報告書においても、日本軍性奴隷制に1章を割いて被害者への法的賠償と責任者の訴追を勧告しています。

マクドゥーガル特別報告者はこんな人

4-2 画像マク

マクドゥーガル特別報告者はアメリカ人女性ですが、かつて南アフリカ共和国における人種隔離政策のアパルトヘイトに反対し、差別反対、人権擁護の活動を長期にわたって続けたことで有名です。

1996年に国連人権委員会の差別防止少数者保護小委員会副委員となり、組織的強かん特別報告者に任命されました。また、国連人種差別撤廃委員会委員にも選ばれました。国連人権理事会発足後は、「マイノリティに関する独立専門家」に任命され、世界のマイノリティの状況を明らかにして、マイノリティに対する差別をなくすための国連会議「マイノリティ・フォーラム」を主催して、人権理事会にたくさんの報告書を提出してきました。今日、世界でもっとも著名で信頼される人権理論家・活動家の一人で、ジョージタウン大学客員教授に迎えられました。

報告書の特徴

マクドゥーガル報告書は、「慰安婦」問題について日本政府が認めた事実および国際機関(国際法律家委員会、国連人権委員会女性に対する暴力特別報告書)が確認した事実を基にして議論をしていますが、「慰安婦」とか「慰安所」という言葉は事実をゆがめるものなので、日本軍性奴隷と強かん所(レイプ・センター)と表現するべきだと指摘しています。

報告書は、日本政府が認めた事実について、国際人道法および国際人権法に基づいて分析しています。奴隷制の禁止、人道に対する罪、戦争犯罪としての強かんなどの犯罪が成立する可能性があることを明らかにしたうえで、日本政府による抗弁が成立しないことも示しています。

1-8 書映1マク報告書の勧告

マクドゥーガル報告書は、日本政府や国連人権高等弁務官に対して次のような勧告をまとめています。

刑事訴追を保証するための仕組みの必要性

・強かん所を設置・運営した軍人らに関する証拠を集める。

・被害者の面接調査を行う。

・日本の検察官に対し提訴準備を促す。

・諸外国の裁判における訴追の協力を行う。

・そのための立法措置を取るよう各国に援助する。

損害賠償を実現するための法的枠組みの必要性――日本政府が行った「アジア女性基金」は法的賠償にあたらないので、新たに損害賠償のための行政基金を設置すべきだとしています。

・従前の事例を参照して適切な損害賠償額を算出する。

・基金の広報と被害者認定のため、効果的なシステムを確立する。

・被害者の請求に対処するため、行政審査機関を日本に設置する。

損害賠償額の妥当性 ――身体的、精神的な被害、苦痛や情緒不安定、教育などの機会の喪失、収入そのものや収入を得る能力の喪失、リハビリテーションのための医療費その他の応分な費用、名誉または尊厳への侵害、救済を得るために法律家や専門家の援助にかかる応分の費用などを考慮すべきだとしています。

報告義務 ――日本政府は少なくとも年2回、国連事務総長宛てに報告書を提出すべきだとしています。

報告書への批判

日本政府は、マクドゥーガル報告書が公表される以前から敵意をむき出しにして反対し、その後も勧告を拒否したままです。

マクドゥーガル報告書に対して、事実誤認があるという批判がなされることがあります。しかし、この報告書はそれまでに日本政府や国際機関が認めた事実を基にしているのであって、新たに事実認定をしたものではありません。また、註において荒船清十郎の言葉を引用していますが、荒船発言が歴史的事実であると確認できないという批判がなされます。しかし、仮に荒船・自民党議員が不正確な発言をしたのであれば、荒船を批判して、正確な事実を示すべきです。マクドゥーガル報告書を批判する理由にはなりません。

報告書の意義

マクドゥーガル報告書の意義は、国際人道法と国際人権法に基づいた法的分析を大きく前進させたことです。国際法律家委員会や、ラディカ・クマラスワミ国連人権委員会女性に対する暴力特別報告者が行ってきた国際法の分析をさらに一歩前進させたのです。それゆえ、マクドゥーガル報告書はその後の国際的議論に大きな影響を与えました。

というのも、マクドゥーガル報告書が公表された1998年8月時点では、参照できる主要な先例はニュルンベルク・東京裁判の判例くらいのものでした。武力紛争時における性暴力を裁く実践は、マクドゥーガル報告書公表以後に、1998年9月のルワンダ国際刑事法廷のアカイェス事件判決が、戦時性暴力をジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪として裁いて以後のことになります。

日本軍性奴隷制問題に関しては、2000年の女性国際戦犯法廷のための法理論の基礎となりました。世界における武力紛争下の女性に対する性暴力問題をめぐる国際的議論を発展させる最重要文書となりました。また2007年EU議会の「慰安婦」謝罪・補償要求決議にも影響を与えました。

<参考文献>

ゲイ・マクドゥーガル著・VAWW-NET ジャパン訳『戦時・性暴力をどう裁くか―国連マクドゥーガル報告全訳〈増補新装2000年版〉』凱風社、2000年

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