スラウェシ島 メナド
日本軍将兵の戦記
福岡良男『軍医のみた大東亜戦争 インドネシアとの邂逅』暁印書館、2004年
マダム朝子は安心したような顔をして部屋から出て行ったが、すぐに慌てて再び部屋へ戻ってきた。
『ドクター、今日は二人の新規採用者がいますから、まず先に検査をして下さい』といい、二人の現地の女性P子とT子を連れてきた。P子は、ひどい貧血のある貧しい身なりの女性で、 一日見て明らかにまだ男を知らなそうな女性のようであった。もう一人のT子は、顔色の浅黒い、かなり豪華な服装をした女性であったが、服装も乱れており、一見して水商売あがりの女性であることがわかった。
坂方軍医大尉は、先ず、P子の検査から始めるように私に指示し、T子を部屋の外で待機させた。
『ベッドの上に寝て下さい』と言うと、P子はすべてを観念していたかのごとく、静かに、おずおずとして命じられた姿勢をとった。ハンカチーフで顔を覆い全身をかすかに震わせていた。
P子は、やはり娘であった。坂方軍医大尉は、私にこれ以上検査をする必要がないと命じた。
『帰ってよろしい』と言うと、P子は強ばった顔に安堵の色を浮かべ、軽く会釈して出て行こうとした。検査合格のサインをだせば、彼女の売春婦としての生活がここで始まる。もし、不合格のサインをすれば、彼女は他の慰安所に連れて行かれるにちがいない。
『マダム朝子、もう一度P子を読んでくれ』と言い、P子を呼んでもらった。P子は、何事か起こるのかと心配して、前よりも一層顔をこわばらせて不安げな足取りで部屋に戻ってきた。
『心配しないでよろしい。もう検査はしない。ところで、どこの村から来たのか』
『…………………』
『ここは慰安所のことを知っているのかい』
『はい』
『村はどこか』
『ラ○です』
『年齢は』
『『…………………』
『どうして慰安所で働く気になったのか』
『ニコラスは喫茶店と言いました。一日三度、肉と魚でご飯がたべられ、お金のほかに、洋服がもらえるところと言われました』と怯えるような態度で重い口を開いた。
『ニコラスが恐いのです。ニコラスは、もし逃げたら憲兵につかまって殺されると言いました』
IM部隊長に取り入って、部隊に物品を納入しているインドネシア人の御用商人ニコラス・タンブブンと弟のフレッ・タンブブンは慰安所の女性集めもしていた。この兄弟はまことに狡賢い男たちであった。IM部隊長に取り入り、女性を次々と世話していた。IM部隊長はいつも2〜3人の女性を抱え、寝ていた。そのために部隊内ではIM部隊長への反感が満ちていた。
あとでわかったここであるが、結果的に、P子はIM部隊長によって水揚げされてしまつた。