11-6 Q&A〈平和の少女像〉は、なぜ海外でも広がり続けるのか?

 日韓「合意」の焦点の一つは、韓国ソウルの日本大使館前の〈平和の少女像〉(正式名称「平和の碑」、以下〈少女像〉)の「撤去・移転」に関することでした。しかし〈少女像〉は、日韓「合意」発表後に、少女だけでなくさまざまな姿で、韓国だけでなく、米国・カナダ、中国・香港・フィリピン、オーストラリア、ドイツなどに次々と建てられています1。なぜでしょうか。

ベルリン ミッテ区の平和の少女像

目次

日韓「合意」と<少女像>~「表現の自由」の侵害~

<少女像>に関する日韓「合意」の要点は、次の3つです。(全文はこちら

(1)日本政府が「在韓国日本大使館前の少女像」を「懸念」していること、(2)その理由は、日本政府によれば「公館の安寧・秩序の維持の観点」にあること、そのため(3)韓国政府が「関連団体との協議を行う等」によって「適切に解決」されるよう「努力」すること、です。

 まず、⑶からみましょう。注意が必要なのは、韓国政府による「適切な解決」への「努力」をうたっただけで、「撤去・移転」を約束したものではないことです。2016年4月末、「合意」を推進した朴槿恵大統領(当時)ですら、「少女像の撤去は、合意で言及もされていない」と述べました2

 なぜなら、〈少女像〉を建てたのは、韓国挺身隊問題対策協議会という民間団体だからです3。韓国政府といえども、民間団体の創造物を勝手に撤去はできません4。「表現の自由」に関わるからです。その意味で、日韓「合意」は、「表現の自由」を侵害しようとしたとも言えます。

「公館の安寧・秩序」を乱す?〜日本政府が撤去・移転を求める理由〜

 次に、⑵「公館の安寧・秩序の維持」をみましょう。2016年末、釜山市民が在釜山日本領事館の背面の公道に〈少女像〉を建てた後、日本政府は大使や総領事を帰国させる対抗措置をとりました。この時の日本政府の見解は、国際法でいう公館の不可侵との関係6によれば、公館の安寧・威厳とは何かは定まっていないとのことです。さらに阿部氏は、各国の判例が示すのは「使節団/領事機関の任務遂行が妨害されているか、公館に向けられた行動が攻撃的で侮蔑的なものか、さらに、表現・集会等の自由が適切に保障されているか、といった事柄を十分に考慮に入れて判断すべきということ」とも指摘しています。〈少女像〉は大使館前に座り続けているだけで、公館の任務を妨害しておらず、行動で攻撃・侮蔑していません。〈少女像〉という「表現の自由」、水曜デモなどの「集会の自由」も保障されなくてはなりません。

 また、米国カルフォルニア州グレンデール市の市立公園内への「慰安婦」像設置をきっかけに、合憲性をめぐる裁判が起こりました7。判決では、被害者の「記憶」を保存し、同様の人権侵害が繰り返されない希望を表明する記念碑の設置は、地方自治体の伝統的な役目だと明言しています。国際人道法の観点からも、記念碑の設置は人権侵害の被害回復措置の一つであり、市民が過去に向き合い過去について知る権利を実現することでもあります8

  公館の安寧・威厳の侵害かどうかの判断には、記念碑の役割である「記憶する権利」への配慮も必要ではないでしょうか。

〈少女像〉(「慰安婦」像)は、なぜ海外にも広がり続けるのか?

 さらに、日本政府は、日韓「合意」に縛られない諸外国に「慰安婦」像や碑が建てられると、公館前でなくても、設置阻止への動きを強めています。

 その動きは米国で顕著です。最近では日本総領事が前面にでて、公に「慰安婦」像を非難するようになりました。2017年6月、ブルックヘイブン市の公園に「慰安婦」像の設置がせまると、駐アトランタ日本総領事がインタビューで、「慰安婦」像を「日本人への憎悪と反感の象徴」「日本軍が女性を性奴隷にした証拠は何もない」「女性たちはお金を受け取った売春婦」などと発言したことが報道され、国際的に批判されました。総領事の「売春婦」発言は、後に公開された取材の録音では「家族を助けるために『この仕事』につくことを決めた少女たちがいる」というものでしたが、「この仕事」が売春をさすことは明らかです9。こうした総領事の言動こそが、「慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復」をうたった日韓「合意」を自ら裏切り、日本政府の謝罪・反省への疑いを国際社会に広げています。

 さらに同年九月、サンフランシスコ市の公園に、朝鮮人・中国人・フィリピン人の「慰安婦」少女3人が手をつなぎ、韓国で最初に名乗り出た金学順(キムハクスン)さんが見守るという構図の「慰安婦」像が設置されました(サンフランシスコの慰安婦像写真)。設置をめぐって開かれた市の公聴会では、推進派と反対派が全面衝突しました。その後、全会一致で設置が決まったのですが、その原因は「慰安婦」問題を否定する反対派の言動にありました10。これに対し、同年11月に菅義偉官房長官は「わが国の立場と相いれない」と反発、同市を含む米国での「慰安婦」碑や像の設置阻止に取り組むと述べ、大阪市長も同市との姉妹都市関係の解消を表明しました11。結局、日本政府にとって⑵「公館の安寧」は口実でしかなく、「慰安婦」像が諸外国の公園など公有地に建つことで、「慰安婦」問題がグローバルな「公の記憶」になることを恐れているのです。

 フィリピンの首都マニラ市の遊歩道に、同年12月8日、日本占領下のフィリピン女性の像が設置されました12。菅官房長官は「日本政府の立場と相いれない」とフィリピン政府に申し入れ、18年1月に同国を訪問した野田聖子総務相がドゥテルテ大統領に「残念」と伝えました。同年4月27日、像は撤去されました。フィリピン政府は現地の日本大使館に撤去を事前通告した13ので、日本政府に「配慮」したのは明らかです。まさに忘却の強制です。

フィリピン全土には、日本人戦没者(兵士)の慰霊碑が400基以上14あります。にもかかわらず、フィリピンの人々が日本軍による自国の被害を記憶する「慰安婦」像を自国内に建てることに、日本政府首脳が「残念」「日本政府の立場と相いれない」と圧力をかけるのは筋違いではないでしょうか。日本にある原爆や空襲、沖縄戦などの戦争犠牲者を慰霊する像や碑に対して、米国政府首脳が同様なことをしたら、日本政府は受け入れるのでしょうか。

 韓国やアジア、世界各国で〈少女像〉や「慰安婦」像・碑が爆発的に増えた推進力は、日韓「合意」後にいっそう(あらわ)になった日本政府の歴史修正主義的な姿勢にあると言えます。韓国の康京和(カン ギョンファ)外相が在韓日本大使館前〈少女像〉に関し「日本が移転を求めるほど、像はさらに作られる」と述べた15のは、それを言い当てています。いまや〈少女像〉は、戦時性暴力の再発防止のためのグローバルな「記憶」の象徴であるとともに、日本政府の「記憶抹殺」的姿勢に対するトランスナショナルな「抵抗」の象徴になっています。

  1. 岡本有佳・金富子『増補改訂版〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』(世織書房、2016年)は、写真入りで詳しい。また、田部井杏佳「韓国から世界へと広がる『平和の少女像』―—韓国の運動とカナダ・トロントにおける取り組みを中心に」『季刊戦争責任研究』第89号、2017年冬季号、なども参照。本稿は、「慰安婦」像・碑も含む。
  2. 「ハンギョレ」(日本版)2016年4月27日
  3. 本書コラム「《少女像》はどのようにつくられたのか」、および岡本・金同前書、参照。
  4. 2017年9月、ソウル市鍾路区は〈少女像〉を区第1号の「公共造形物」に指定し、移転・撤去には区委員会の審議が必要になり、法的根拠が与えられた。
  5. 「外交関係に関するウィーン条約」第22条および「領事関係に関するウィーン条約」第31条。[/efb_note]で問題だというものでした。つまり、〈少女像〉の設置によって、公館の安寧と威厳が侵害されたと主張しました。

     しかし、国際法学者の阿部浩己氏5阿部浩己「平和の碑の設置と国際法」『wamだより』vol.36、2017年8月。

  6. 2014年7月に同公園に設置された「慰安婦」像に対し、保守系在米日本人が撤去を求め訴訟を起こし敗訴した。こうした歴史修正主義に対し、アジア系市民・反戦団体・女性団体の連携で抗議運動が起こった。小山エミ「アメリカで強まる保守系在米日系人・日本政府による歴史修正主義」中野敏男ほか『「慰安婦」問題と未来への責任』大月書店、2017年、参照。
  7. 阿部浩己、前掲文。
  8. 小山エミ、前掲文。
  9. 設置を推進した「『慰安婦』正義連盟(CWJC)」は中国系、韓国系、フィリピン系、日系、在日コリアン系などさまざまな人々による市民団体だ。市の公聴会で、被害女性の李容洙さんが証言すると、保守系日本人が「証言は信用できない」と非難、これに複数の市議員が激しく反発し「恥を知れ」と繰り返した。その結果、全会一致で設置が決まった。日本総領事館が反対運動を促したという。小山エミ前掲文及び金美穂(「慰安婦」正義連盟の共同呼びかけ人・世話人)「サンフランシスコ・「慰安婦」メモリアル建立運動のプロセスと展望」(2017年12月、Fight for Justiceサイト掲載)。
  10. 山口智美「サンフランシスコ市『慰安婦』像設置をめぐる『歴史戦』」『世界』2018年2月号、参照。
  11. 碑文に「日本占領下の1942〜45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」(タガログ語)、台座裏に「フィリピン人慰安婦の像」(英語)と刻まれている。フィリピン国家歴史委員会が現地の民間団体などの支援を得て建てたという。
  12. 『朝日新聞』2018年4月28日。フィリピンや日本の市民団体が抗議の声をあげた。
  13. 『日刊マニラ新聞』2015年12月4日号。
  14. 『中央日報』(日本語版)2017年7月19日
目次