12-8 ソウル高等法院の11.23判決はどんな判決? 

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韓国の「慰安婦」訴訟はすべて勝訴

韓国の裁判所で日本軍「慰安婦」被害者が日本国を訴えた裁判は「1次訴訟」と「2次訴訟」の2件があります。1次訴訟では原告が勝訴した2021年のソウル中央地方法院の一審判決(1.8判決)が確定しました。しかし2次訴訟では同年4月の一審判決で原告らが敗訴し、原告らが控訴して2年余の審理を経て宣告されたのが2023年のソウル高等法院「11.23判決」です。この判決は1審判決を破棄して日本国の主権免除を否定し、原告らに被害者1人あたり2億ウォンの賠償を命じました。日本国が上告しなければ韓国での「慰安婦」訴訟はすべて原告勝訴で決着することになります。

「 あり得ない判断」の続出

日本政府はこの裁判でも韓国の裁判手続を無視して出廷しなかったので、争点は韓国の裁判所に主権国家である日本国を被告として裁く権限があるのかという主権免除(または国家免除)の問題に絞られました。(ソウル高等法院は報道資料のなかで、日本政府が弁論しなかったので日韓請求権協定や「慰安婦」合意は争点にもならないと説明しました。)

1.8判決が日本国の主権免除を否定して賠償を命じたとき、日本政府は「国際法上ありえない判断」などと非難しました。しかし、その後、ブラジル、ウクライナ、イギリスで「あり得ない判断」が続出したのです。20218月ブラジル連邦最高裁判所は2次大戦中にドイツ潜水艦がブラジル漁船を撃沈した事件について、被害者らの裁判を受ける権利の保障を重視してドイツの主権免除を否定しました。この判決には韓国の1.8判決が引用されています。20224月のウクライナ最高裁判所判決は、2014年のロシアの侵攻の際の戦死者の遺族がロシアを訴えた事件で、「ウクライナの主権を侵害する国の主権を主権免除によって保護する義務はない」としてロシアの主権免除を否定しました。「慰安婦」を始めとする強制動員被害も日本が朝鮮の主権を無視して植民地化したために発生したものですから、ウクライナ最高裁判所のこの説示はそのまま韓国の強制動員被害者に当てはまります。そしてイギリスでも、イギリス国内でサウジアラビアの要員によって負傷した人権活動家が同国を訴えた事件で20228月のウェールズ高等裁判所判決が同国の主権免除を否定しました。 

主権免除とその例外

主権免除とは、主権国家は他国の裁判権に従うことを免除されるという慣習国際法上の規則です。かつてはどのような事件にも適用される絶対的な規則とされていましたが(絶対免除主義)、現在では国家しか行うことのできない主権行為には主権免除が適用されるが、国家が行う商行為である業務管理行為には適用されないと理解されています(制限免除主義)。

しかし、自動車の運転のように主権行為か業務管理行為か一概に断定できない場合があります。実際に外交官による交通事故で、加害者や保険会社が運転は主権行為だと主張して被害者の救済を妨げる事例が頻発しました。そこで、裁判所のある国の領域内での外国国家の不法行為による人身傷害や財物毀損について金銭的賠償請求を求める訴訟では、主権行為か業務管理行為かを問わず主権免除を認めないという判例が1960年代から蓄積されました。これを不法行為例外と呼んでいます。その後、日本を含む9か国の国内法や欧州国家免除条約、国連国家免除条約にも同様の規定が採用されました。

 その後、さらに「人権例外」が主張されるようになりました。おおまかにいうと、①国際法上の強行規範(集団虐殺、強制連行、拷問の禁止など)に違反する国家の行為によって、②深刻な人権侵害が発生し、③国内裁判所が被害者の最後の救済手段である場合には、主権免除を認める利益より被害者の裁判請求権を認める利益が上回るから、加害国家の主権免除は否定されるべきだと言うものです。イタリアやギリシャでこのような主張を認める判決も現れました。 

不法行為例外か人権例外か

戦争被害や植民地被害の多くは不法行為の結果なので、多くの場合、不法行為例外でも被害者の救済は可能(主権免除を否定できる)です。不法行為例外の他に人権例外を主張するのは、①深刻な人権侵害を交通事故処理の理論を借用して救済すのは筋違いだという理念的な問題、②外交官の交通事故処理に始まった不法行為例外の適用範囲は法廷地国の領域内での不法行為に限定され(国連条約、欧州条約、日本を含む国内法)、領域外で行われた不法行為による被害を救済できないという実質的な問題があるからです。例えば、イタリアで提訴した被害者のなかにはフランス領内でドイツ軍に拉致されドイツで強制労働させられた被害者がいました。クウェートで拷問を受けた被害者がイギリス裁判所にクウェートを提訴した事件もあります(アル・アドサニ事件)。仮に広島で被爆した在韓被爆者が韓国の裁判所でアメリカを提訴すると、この実質的な問題に直面することになります。

韓国の「慰安婦」訴訟の場合、1次、2次訴訟ともすべての原告が当時の朝鮮から欺罔や強制によって連行された人々でした。したがって、不法行為は韓国裁判所のある領域で行われたので、理念的な問題を除けば人権例外を主張する実質的な必要性はありません。弁護団は不法行為例外と人権例外を平行して主張しました。 

先進的な1.8判決、堅実な11.23判決

これに対し、1次訴訟の1.8判決は人権例外を正面から認めて日本国の主権免除を否定しました。人権保障に対する裁判官の熱情があふれる先進的な判決でした。しかし同じ裁判所の2次訴訟の一審判決は正反対に主権免除を認めて原告の請求を却下しました。裁判官の当たりはずれ(世界観)によって裁判の結果が左右されることになりました。

今回の11.23判決はブラジル、ウクライナ、イギリスをはじめとする判例や条約、国内法をていねいに分析して「法廷地国内でその国民に対して発生した不法行為に対しては、その行為が主権的行為であるか否かを問わずに国家免除を認めない内容の国際慣習法が現在存在する」として日本の主権免除を否定しました。つまり、この判決は人権例外ではなく不法行為例外を採用して主権免除を否定しています。不法行為例外を認めるひとつの事情として「主権免除の国際法は個人の裁判請求権を保障する方向に進化」していると指摘していますが、人権例外自体については何も判断していません。不法行為例外で主権免除が否定される以上、人権例外について判断する必要はないということでしょう。

そうすると、1.8判決が「先進的な判決」であったのに対し、この判決は「堅実な判決」と言えます。そしてそれがこの判決の存在価値でもあります。特に先進的な裁判部でなくとも主権免除を否定できるほど国際法が進化した現在、この判決のような論理が定着すれば、「裁判官のあたりはずれ」に賭けることなく被害者の救済が可能になるはずです。

11.23判決の意義

韓国裁判所が日本国に賠償を命じたからといって、それを強制執行するためには更に高い壁があり、執行が可能となる可能性は低いでしょう。しかし、長年にわたって日本やアメリカで訴訟を提起し、国際機関での仲裁なども求めてきた被害者らに日本国に対する損害賠償請求権があるという判決が確定することは被害者の名誉のためにも重大な意義があります。また、イタリアの判決が本件の提訴につながり、1.8判決がブラジル判決に影響を与え、ブラジル判決が今回の判決の力になったように、各国の裁判所の判断が響きあって国際法が進化している状況の中で、この判決もどこかの国の戦争・植民地被害者の救済の力になるはずです。(山本晴太弁護士)

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