2024年1月25日 、衆議院第2議員会館で「「国益」より人権!日本軍「慰安婦」ソウル高裁判決の意義〜韓国の弁護団を迎えて〜」が開催されました。当集会では2023年11月23日に韓国のソウル高等法院が原告である日本軍「慰安婦」被害者への賠償を日本国に命じた判決(以下、11.23判決)の内容や意義に関して、山下晴太弁護士のほか、裁判を直接担当した韓国の弁護団ら(李相姫、金詣知、權泰允)が講演を行いました。以下、各弁護士の講演内容のまとめを記したいと思います。
日本軍「慰安婦」訴訟と主権免除
まず関釜裁判を担当した山本晴太弁護士より、11.23判決で争点となった主権免除についての説明がありました。そもそも韓国における日本軍「慰安婦」訴訟については、一次訴訟で原告が勝訴した2021年1月8日の判決(以下、1.8判決)と、二次訴訟で原告が敗訴した2021年4月21日の判決(以下、4.21判決)および今回原告が勝訴した2023年11月23日の控訴審判決(11.23判決)の3つの判決が出されています。これらの裁判で争点となったのが主権免除(主権国家は他国の裁判権によっては裁かれないという国際慣習法上の規則)です。つまり日本国が韓国の裁判権に従うことが免除されるのか否かということが問われたのです。
こうした主権免除について山本弁護士は、「商行為例外」「不法行為例外」「人権例外」という主権免除が適用されない3つの例外が現在存在していると言います。このうち国家が行う商行為(例えば大使館が現地飲食関連業者に対して飲食代の支払いをしないなど)には主権免除が適用されないという「商行為例外」は今日では争いはないとされています。一方残りの二つ、つまり法廷地国(裁判所のある国)における外国国家による不法行為に対して主権免除は認められないという「不法行為例外」と、外国国家による重大な人権侵害行為に対して主権免除は適用されないという「人権例外」は現在様々な裁判で争点となっており、日本軍「慰安婦」訴訟でもその例外妥当性が争われました。
1.8判決ではこの「人権例外」が認められ、日本国に賠償が命じられました。そのため山本弁護士は「先進的な1.8判決」と呼びます。一方、4.21判決では日本国の主権免除を容認し、原告の請求を却下しました。今回の11.23判決は4.21判決を覆し、「不法行為例外」を認めた判決だったのです。
11.23判決では「人権例外」に関する判断はありませんでしたが、山本弁護士は「堅実な11.23判決」と評価します。というのも、これにより特に先進的な裁判官でなくとも、「不法行為例外」の論理で被害者を救済する道が開けたからです。これこそが11.23判決の意義でした。
人権回復という観点から見る11.23判決の意味
以上のような11.23判決について、李相姫弁護士は人権回復という観点から判決の意義を補足しました。李相姫弁護士は、裁判請求権は「基本的保障のための基本権」だと言います。そのため1.8判決に続き主権免除を否定した11.23判決は、日本軍「慰安婦」被害者の裁判請求権、平たく言えば市民の裁判する権利を認めたのであり、人間としての尊厳と価値、身体の自由を回復するという意味を持つものだったと言えます。判決そのものが被害者の市民権や人権を回復するものだったのです。
李相姫弁護士はこうした人権回復の意義は日本軍「慰安婦」被害者に留まるものではなく、全人類のためのものであったと言います。李相姫弁護士が戦争は絶対にいけないという被害者の叫びが込められた判決だったと述べていたことが印象的でした。
国際法の潮流との関係
11.23判決の争点についてより細かく、国際法の観点から金詣知弁護士が解説しました。金詣知弁護士の講演からは、11.23判決が主権免除を否定する国際法の国際的潮流のなかで下されたものだったことがよくわかります。ドイツ軍のイタリア領内における不法行為に関する2012年ICJ判決では主権免除を主張するドイツの請求が認められましたが、その際ICJ判決は主権免除適用の事例を多数決で国際慣習法として認定しました。しかし、ICJ判決では当時すでに存在していた「不法行為例外」を認めたアメリカでの判決事例を無視したものでした。そして2012年ICJ判決以後はむしろ主権免除を否定し、被害者の人権を保障する事例がブラジルやウクライナなどで蓄積されていきました。11.23判決は国際慣習法が動態的な特性を持っており、変わりうるということを確認し、国際法の潮流が国家より個人の人権を実現・増進させる方向にあると解釈したのです。
日本軍「慰安婦」問題解決のための課題
最後に權泰允弁護士からは日本軍「慰安婦」問題解決のための日本政府および韓国政府に対する要求事項が述べられました。日本政府に対しては①大韓民国裁判所の判決を尊重し、それに従って損害賠償義務を履行すること、②日本軍「慰安婦」問題を含む帝国主義の時代における反人道的犯罪行為の真相究明と法的責任を履行することが、韓国政府に対しては①日本軍「慰安婦」、強制動員など日本の反人道的犯罪行為について、日本政府に事実認定、真相究明、法的責任及び歴史教育を要求すること、②日本軍「慰安婦」被害者が日本政府に対して判決債権を行使できるよう協力することが要求されました。日本政府と韓国政府、双方が被害者から具体的な行動を求められています。
ここで注目したいのが日本政府に対する要求②です。先述したように、11.23判決では「不法行為例外」が認められました。この論理に従えば、日本が帝国主義時代に犯した他の不法行為についての責任も免れなくなります。つまり日本軍「慰安婦」被害者のみならず、強制動員被害者や関東大震災における朝鮮人虐殺の被害者、韓国人以外の不法行為被害者に対する賠償責任も問える可能性が見えてきたのです。11.23判決は日帝の反人道的犯罪行為に関する未来の訴訟のための理論的支柱を整えたと言えると思います。
「植民地例外」を展望して
本参加記の最後に山本弁護士の示唆的な指摘を紹介したいと思います。山本弁護士は、ウクライナにおいて2014年のロシアの侵攻によって戦死した人たちの遺族がロシアを訴えた事件で最高裁判所が「ウクライナの主権を侵害する国の主権を主権免除によって保護する義務はない」としてロシアの主権免除を否定した事例を紹介しました。とてもシンプルな主権免除否定論理ですが、植民地支配が他国の主権を侵害する行為にほかならないことを考えれば、これは植民地支配した国の主権免除を擁護する必要がないということになります。山本弁護士はこの論理から「植民地例外」が展望できるのではないかと指摘したのです。「植民地例外」はまさに植民地支配責任を問うものだと言えるのではないでしょうか。国際法が植民地支配責任を問う日を待望しつつ、日本軍「慰安婦」被害者の人権回復措置としての11.23判決を尊重し、賠償義務を履行することを日本政府に強く求めたいと思います。
熊野功英