9-7 日韓「合意」をめぐる日本のマスコミ報道はこれでいいの?

日韓「合意」について、日本と韓国、国際社会と日本政府の認識の差は広がったままです(9-6参照)。この違いはどこからきているのでしょうか?

大きな原因の1つが日本のマスコミ報道にあると言えるでしょう。

日韓合意発表翌日の2015年12月29日、全国紙5紙は朝刊で大型の社説(主張)を掲載しました。見出しは表1のとおりです。

【表1】日韓「合意」発表翌日2015年12月29日の全国紙社説見出し

『読売新聞』 慰安婦問題合意 韓国は「不可逆解決」を守れ
『朝日新聞』 慰安婦問題の合意 歴史を越え日韓の前進を
『日本経済新聞』 「慰安婦」決着弾みに日韓再構築を
『毎日新聞』 慰安婦問題 日韓の合意を歓迎する
『産経新聞』 慰安婦日韓合意、本当にこれで最終決着か 韓国側の約束履行を注視する

5紙すべてが「合意」を評価し、『読売』と『産経』は、韓国がすべてを受け入れ、2度と蒸し返さないと約束するよう主張しました。

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被害当事者たちの声を聞いているか

まず指摘すべき点は、「合意」を評価する被害者の声に重きをおいた記事が目立ち、「合意」に異議を唱える被害者の声はほとんど報道されていないことです。たとえば、2016年2月29日付の『朝日』では、1面・3面を使って「『謝罪をしてくれた。ありがたい』合意評価の元慰安婦も 日韓合意2カ月反発も根強く」という大見出しで報じました。その後、支給を受け入れた人が増えるたびに報道する一方、「現金支給事業を受け入れた34人の声が韓国で報じられていない」と『朝日』の現地特派員が批判し続けています1

2016年1月、「合意」後初めて、韓国からサバイバーの李玉善イオクソンさん(88歳)、姜日出カンイルチュルさん(87歳)が来日し、「私たちを無視した『合意』は受け入れられない。まず被害者に会って、内容を説明してからするべきだ。ここまで来ても安倍首相は会おうとしない」(李)、「中身ある謝罪が必要」(姜)と述べ、安倍首相に公式謝罪、補償を求めました。同年11月初めには、フィリピンのエステリータ・バスバーニョ・ディさん(86歳)、インドネシアのチンダ・レンゲさん(84歳)、東ティモールのイネス・マガリャンイス・ゴンサルべスさん(80代後半)、韓国の李容洙イヨンスさん(87歳)が来日。韓国以外の被害者の来日は「合意」後初めてで、安倍首相と岸田外相に対し、「すべての国の、すべての被害者が受け入れられる解決策を改めて示す」よう要請しました。しかし、このような被害者の声はきちんと報道されませんでした。

2017年1月24日に放映されたNHK「クローズアップ現代+」2の「韓国 加熱する”少女像”問題~初めて語った元慰安婦」では、「当事者にも多様な声」があり「それを置き去りにしない」と何度も繰り返しましたが、「支援金」を受け取った被害者1人と家族3組を紹介する一方、「合意」に反対し「支援金」を拒否している当事者の声は一つも出てきませんでした。

日本政府の主張・姿勢を検証しないのはなぜか

2017年末の韓国による検証と年明けの新方針について、全国紙はどう報じたでしょうか。まず、検証結果発表直後の社説は表2のとおり。

【表2】韓国の検証結果発表直後2017年12月28日の全国紙社説見出し

『読売新聞』 慰安婦合意検証 履行を怠る言い訳にはならぬ
『朝日新聞』 日韓合意 順守こそ賢明な外交だ
『日本経済新聞』 「再燃せざるをえない」のは韓国への不信だ
『毎日新聞』 文政権の「日韓合意」検証 再燃回避へ指導力発揮を
『産経新聞』 日韓合意の「検証」 もう責任転嫁は許さない

5紙ともに検証報告について否定的な評価で、「合意」の「着実な履行」を求めています。とくに『日経』を除く4紙が「7割以上の被害者が財団から現金支給を受け入れ」をあげながら「合意」は履行すべきだと言及していることは、「被害者中心のアプローチが十分でなかった」という検証結果の重要な要旨(これこそが国際的な人権基準ですが)の意味を加害国の記者たちが全く受け止めていないことをあらわしています。さらに、<少女像>撤去、移転への努力不足を4紙が求めているなど、韓国政府の姿勢を問題視する論調で、相変わらず日本政府の主張や姿勢への検証はありません。

次に、韓国の新方針発表直後の5紙の社説は表3のとおりです。

【表3】韓国新方針発表直後の全国紙社説見出し

『読売新聞』 日韓慰安婦合意 文政権が骨抜きを謀っている(1/10)
『朝日新聞』 慰安婦問題 合意の意義を見失うな(1/10)
『日本経済新聞』 北朝鮮への疑念拭えぬ南北対話の再開(1/11)一部で言及

『毎日新聞』

「日韓合意は間違い」発言 同じ土俵に乗らぬ賢慮を(1/6)

慰安婦問題で韓国が見解 「合意」の根幹傷つけた(1/11)

『産経新聞』 日韓合意の「検証」 もう責任転嫁は許さない(1/10)

「再交渉を求めないのは賢明」(『朝日』)とし、日本が拠出した10億円を韓国政府予算で充当するなどの後続措置について各紙ともに批判しています。保守系の『読売』『産経』を除けば、『毎日』は2度も社説を出し、文政権批判を強調している点が同紙のこの問題の報道姿勢をあらわしています。韓国の新方針の要は「被害者中心の措置」ですが、その意味を受け止めた記述はどの社説にもありません。つまり、なぜいま、韓国側が新方針を出したのかがどの記事からも読み取れないのです。

さらに国連女子差別撤廃委員会は、3月9日、韓国の履行状況の審査に関する所見を発表しました。韓国の新方針を「歓迎」し、「和解・癒し財団」に対する被害者/サバイバーとその家族の反対に留意するなどというものでしたが、これを報じた全国紙はありませんでした。同委員会で2月22日、韓国の鄭鉉栢女性家族部長官が「性奴隷」という表現を使ったことに対し、日本政府が即日抗議したことをこぞって報道したこととは対照的です。なぜ国際的な評価を報じないのでしょうか3

日本のマスコミ報道の問題点を整理すると以下のようになります。

①被害当事者の声を聞いているか

②「少女像撤去」をめぐって、多様な意見を伝えているか

③日本政府の主張に対する検証をしているか

④「合意」では「解決されていない」とする日本市民・知識人、国際社会の多様な意見を伝えているか

⑤「日韓関係の行き詰まりの原因がもっぱら韓国側にある」という偏った見方が繰り返し報道されているのではないか

①被害当事者たちの声、②「少女像撤去」をめぐる多様な意見、④「合意」では「解決されていない」とする日本市民・識者、国際社会の多様な意見が報道されないなかで、致命的なのは、日本政府の趣向を検証していないことです。たとえば、「少女像撤去」を巡って日本政府が駆らなず持ち出す「ウィーン条約第22条」に違反するという主張(11-6参照)についての検証は見たことがありません。また、「合意」そのものに法的拘束力があるのかといった問題や、さらに今回、韓国による検証結果報告とそれに基づく新方針でもっとも大切なことは「被害者中心のアプローチ」であり、それは幾度となく国際社会から指摘されていることにもかかわらず、それに反論すらしている日本政府の姿勢を検証していません4

一方、韓国メディアでは、「合意」直後から国際法の専門家などの見解、実例、海外の判例などを参照しながら日本政府の主張の根拠を問い、それに追随する朴槿恵政権を批判してきました。なにより被害者と「合意」に抵抗する市民の声が継続して伝えられています。

現在、日本で「慰安婦」問題を記述する中学歴史教科書は「学び舎」のみで、採択した学校に「反日極左」だと中止を求める抗議はがきが大量に送られた事件が起きました。学校教育で加害責任問題がタブー化され、ネットではフェイクニュースがあふれる中で、日本のマスコミが当事者や市民の多様な声を伝えず、zべ政権の主張への検証を怠ることは、日本社会の認識に大きな影響を与えます。その結果、日韓両国ひいては国際社会との認識のギャップを広げ、「慰安婦」問題の解決はさらに遠のくことになっているのです。

  1. しかしこんな事実もある。「慰安婦問題の日韓合意に好意的な被害者(元慰安婦)が圧倒的に多い」という政府の主張を実証する記事を書くように求める指示もあった」ことなどに抗議をして、韓国の通信社・聯合ニュースの記者らが声明を出してもいる(『朝日』2017年1月3日)
  2. 「日韓関係の行き詰まりの原因がもっぱら韓国側にある」という偏向報道に抗議して、1月31日「戦争と女性への暴力」リサーチアクションセンター(VAWW RAC)が抗議文を、同日、日本軍「慰安婦」問題全国行動が公開質問状をNHK側に送付。2月2日には、衆議院第2議員会館にて、両団体の共催で記者会見を行った。BPO(放送倫理・番組向上機構)に申立てをしたが、マスコミは一切無視したままだ。岡本有佳・金富子「間違いだらけのNHK番組「クローズアップ現代+」『バウラック通信』11号(2017年6月)。
  3. それどころか「国際社会に歓迎された」(『読売』2017年12月28日)や「合意」時の外相だった岸田文雄内閣総理大臣の「合意は国際社会が高く評価した」というコメントのみを伝える記事(『毎日』2017年12月28日)などが散見されるほどである
  4. これに関しては、「慰安婦」問題解決全国行動は声明「『日韓合意』は解決ではない政府は加害責任を果たせ」を発表し、2月7日、安倍首相に送った。3月22日には声明への共同署名(1443筆)を外務省と内閣府担当官に提出した。
<参考文献>

岡本有佳「日韓のメディア比較--「合意」をめぐって何を伝え、何を伝えなかったのか」中野敏夫ほか編『「慰安婦」問題と未来への責任』大月書店、2017年

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