日本軍「慰安婦」として主に誰が犠牲にされたでしょうか。 それは植民地支配、占領地支配と差別が深くかかわっています。「慰安婦」にさせられた人たちは、朝鮮人、中国人、台湾人、フィリピン人、インドネシア人、マレー人、ビルマ人、チモール人、ベトナム人、タイ人、チャモロ人、オランダ人、インド人、日本人など多岐にわたっています。このうち日本人以外の人たちが多く犠牲となったことが「慰安婦」問題の一つの特徴を示しています。
「慰安婦」被害者に朝鮮人が多かった理由
戦地で性病が増えたため、その実態を大本營陸軍部研究班が調査(1940年)したものがあります。戦地で性病にかかったときの相手を「相手女」しているのですが、その比率をみると、日本人12.2%、中国人36.0%、朝鮮人51.8%です1。研究班は「朝鮮女の活躍は他を圧倒しあり」と言っています。これは議論の余地はあるのですが、日本人以外の女性たちが主として被害に遭っている、つまり「慰安婦」にされている、という数値としてみることができます。
ではなぜそうなのでしょうか。日本軍は、日本「内地」から移送する場合、満21歳以上、前歴が「醜業婦」であることを条件としました。しかし、朝鮮や台湾ではこの条件はなく、より広範な、また未成年などより若い女性たちが犠牲になったのです。これはあきらかに人種差別、民族差別です。
朝鮮人や中国人などの「慰安婦」は、数が多かっただけでなく、より苛酷な状況に置かれる傾向がありました。たとえば、大都市の比較的めぐまれた慰安所には日本人女性が多いのに比べ、遠方や中小都市の慰安所には朝鮮人やそこの現地の人が入れられる場合が多いのです。前線に近いところに配置される傾向もあります。期間も、ソンシンド宋神道さんのように1938年に送られ日本敗戦まで帰れないという長期間のケースもあります。朝鮮人や台湾人の場合、故郷から遠く離れた慰安所に連れていかれるので、結果として拘束期間が長くなる傾向があります。また、地元の女性の場合、部隊が移動して慰安所が閉鎖されると放り出されることもありました。
そして、軍が決定した慰安所料金も日本人と朝鮮人と地元の女性との間に明確な格差があり、日本人「慰安婦」被害者は将校用の慰安所が多いことから、朝鮮人「慰安婦」などはより劣悪な環境に置かれる傾向があります。
日本軍の都合で遠い海外へ連れて行き、日本敗戦とともに、日本軍は女性たちを放り出してしまいました。遠く離れた異国に連れていかれ、故郷に帰ることができないケースも多かったのです。
中国や東南アジアの占領地の住民の比率も高いのですが、朝鮮人の比率も高かった背景には、日本が植民地化のなかで朝鮮に公娼制度を持ち込み2、それが定着・拡大し、人身売買組織ができあがっていったということがあります。つまり、植民地支配下でとくに若い女性たちは教育をあまり受けられず、貧しい状況に置かれていたのですが、誘拐や人身売買で連行されていくルートが準備されていたということです。
なお、日本人の場合は人身売買により遊廓などで拘束されていた女性が「慰安婦」にされたのですが、貧しい家庭出身の女性たちでした。これは明白な階級差別であったということを付け加えておきます。
日韓「合意」は問題解決にならない
2015年12月28日に発表された日韓「合意」では、「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」であるとし、「日本政府は責任を痛感」すると述べていますが、「河野談話」同様、「軍の関与の下に」とし「軍が」とは言っていません。「慰安婦」制度を作った責任の主体は誰なのかが曖昧なままです3。
政府出資の10億円は、支援金であり、賠償ではありません。つまり、法的責任を認めていないのです。業者が介入した場合にも軍が主体で業者は従属的な役割をしました。軍に責任があるならば政府は被害者に賠償しなければならないのです。
歴史教育など再発防止措置については、いっさい約束せず、この点は「河野談話」より後退しました。
それどころか、日本政府は〈少女像〉の撤去を要求しています。〈少女像〉というのは再発防止のためにつくられた記念碑です。それを加害者側が撤去するように要求するのは、あり得ないことです。問題を解決しようとするなら言ってはならないことだと思います。
日韓「合意」は、被害者の意向を無視したものです。加害者側が「最終的かつ不可逆的に解決された」ということも言ってはいけないことであり、それを言えるのは、当事者である被害者だけです。結局、日韓両国政府が手を組んで被害者に「もうこれ以上は言うな」と押さえ込む構図をつくりました。
それでもいま、韓国の「慰安婦」被害者たちは、日韓「合意」に反対し、真の名誉と尊厳の回復のために闘っています。また、朴裕河著『帝国の慰安婦』による名誉毀損に対しても闘い4、民事訴訟で勝訴の判決を勝ち取りました。今回の日韓「合意」では「慰安婦」問題は解決されません。あらためてやり直しをすべきだと思います。
(吉見義明)
※本稿は、岡本有佳・金富子責任編集『増補改訂版 〈平和の少女像〉はなぜ座り続けるのか』(世織書房)に収録されたものです。
*1 大本營陸軍部研究班「支那事変ニ於ケル軍紀風紀ノ見地ヨリ観察セル性病ニ就テ」。出典:女性のためのアジア平和国民基金編『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』第二巻、龍渓書舎、1997年、77頁。
*2 宋連玉「植民地朝鮮にも公娼制度はあった?」Fight for Justiceブックレット3『Q&A日本軍「慰安婦」と植民地支配責任』御茶の水書房、2015年。
*3 吉見義明「真の解決に逆行する日韓「合意」―なぜ被害者と事実に向き合わないのか」『世界』2016年3月号参照。
*4 日本軍と「同志的な関係」、戦争の「協力者」、「自発的に行った売春婦」などという朴裕河著『帝国の慰安婦』の記述について、2014年6月に①出版等禁止と被害者らとの接近禁止の仮処分②名誉毀損による損害賠償(民事)③名誉毀損(刑事)を提訴。その結果、2015年2月、34三ヵ所の記述削除の仮処分決定。同年11月、ソウル東部地方検察庁は、名誉毀損罪で被告を在宅起訴。2016年1月13日、原告九名に対し合計9000万ウォン(約900万円)の支払を命じる勝訴判決が出た(被告は控訴)。
■参考文献
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)。とくに「植民地・占領地の女性が慰安婦にされた理由」160~168頁参照。
- 大本營陸軍部研究班「支那事変ニ於ケル軍紀風紀ノ見地ヨリ観察セル性病ニ就テ」。出典:女性のためのアジア平和国民基金編『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』第二巻、龍渓書舎、1997年、77頁。
- 宋連玉「植民地朝鮮にも公娼制度はあった?」Fight for Justiceブックレット3『Q&A日本軍「慰安婦」と植民地支配責任』御茶の水書房、2015年。
- 吉見義明「真の解決に逆行する日韓「合意」―なぜ被害者と事実に向き合わないのか」『世界』2016年3月号参照。
- 日本軍と「同志的な関係」、戦争の「協力者」、「自発的に行った売春婦」などという朴裕河著『帝国の慰安婦』の記述について、2014年6月に①出版等禁止と被害者らとの接近禁止の仮処分②名誉毀損による損害賠償(民事)③名誉毀損(刑事)を提訴。その結果、2015年2月、34三ヵ所の記述削除の仮処分決定。同年11月、ソウル東部地方検察庁は、名誉毀損罪で被告を在宅起訴。2016年1月13日、原告九名に対し合計9000万ウォン(約900万円)の支払を命じる勝訴判決が出た(被告は控訴)。