日本政府は、「慰安婦」問題に法的責任はないが、道義的責任は「女性のためのアジア平和国民基金」(1995年~2007年。略称はアジア女性基金ともいうが、以下では国民基金)で果したと主張しています。
以下、国民基金の内容、被害者・被害国政府、国連・国際社会がどう評価したかをみていきましょう。
「女性のためのアジア平和国民基金」(国民基金) とは
1993年8月、日本政府は、「慰安婦」制度に関する事実認定と「お詫びと反省」を表明した「河野談話」を公表し、その気持ちの表し方を検討するとしました。その日本政府が1995年7月19日に「道義的責任」を果たす「償い事業」として官民合同で設立したのが、「補償に代わる措置」としての「女性のためのアジア平和国民基金」でした。理事長には原文兵衛(元参議院議長)、村山富市(元首相)が就任し、理事には和田春樹(東大教授)、大沼保昭(同)、赤松良子(元文部大臣)など著名人が名を連らねました。
その内容は、「慰安婦」制度被害者を対象に、①日本国民から集めた民間募金による「償い金」(200万円)、②「総理のお詫びの手紙」、③日本政府が国庫から出す医療・福祉支援事業(120~300万円)を被害者に実施するというものでした。
同基金によれば、日本国民から実際に集まった募金約5億6500万円(目標10億円)、政府資金による医療福祉支援金約7億5000万円ですが、これらに基づき、①②③を韓国・フィリピン・台湾の被害者285名に、生活状況を改善する医療福祉支援をオランダ79名に実施し(2002年終了)、インドネシアには高齢者福祉施設整備事業を行い、2007年3月に解散しました。
基金関係者「国民基金は失敗した」
では、アジア各国の被害者は、国民基金をどう受け止めたのでしょうか。国民基金関係者によれば、フィリピンとオランダでは「被害者の大多数が基金の事業を受け入れ」ましたが、韓国と台湾では「基金の事業は被害者の過半によって拒否されたままに終わ」り、基金事業を受け取った被害者も「社会的な認知を得られないまま」だった、「(基金は)韓国と台湾においては和解にいたることに失敗した」と評価しました。
被害者が拒否した理由
では、韓国や台湾の被害者たちは、なぜ国民基金を拒否したのでしょうか。その大きな理由は、国民基金が「補償に替わる措置」であって「補償」ではないこと、つまり国民基金の「償い事業」では「国家責任が曖昧」であるというものです。
韓国の被害者・姜日出さんは、日本の証言集会(写真参照)で、「日本の政府は責任をちゃんと取らないで、国民のせいにしています。国民からお金を集めてそれを国民基金としてお金を渡すとか、それはおかしな話です。ある人はもらったり、もらわなかったりで、人々に亀裂がおきました。私はもらいませんでしたが。日本政府はなんでこんなことをしてしまったのでしょうか」と語りました。慰安所をつくったのは国家の組織であった旧日本軍だから国家が法的責任をとるべきなのに、国民からお金を集めて「償い金」として支給する国民基金のやり方は「おかしい」として、国民基金を拒否したのです。また受け取りをめぐって被害者どうしに亀裂や悲しみをもたらしました。
韓国政府、台湾政府も、国民基金を受け取りたくないという被害者の立場や意向を尊重して、被害者たちの生活を支える政策を取ってきました。
国連・国際社会の評価
国連や国際社会は国民基金をどう評価したのでしょうか。国連マクドゥーガル報告(1998年)は、被害女性への「法的賠償をするという日本政府の責任が、国民基金では果たされるわけではない」「国民基金の『償い金』支払いは、第二次大戦に起こった犯罪についての法的責任を認めたものではない」と国民基金を退けました。
国民基金解散後の2007年7月に、アメリカ下院本会議は日本政府への「慰安婦」謝罪決議を採択しましたが、国民基金に対し「公人及び民間人の努力と情熱」を認めつつも解決とはみなさず、「明解かつ曖昧さのない形で」の公式謝罪と歴史的責任を果たすことを求めました。同年11月のオランダ下院本会議、カナダ下院の各決議でも同様です。国民基金から被害者が支給を受けたオランダでも、個人補償の追加措置を求める決議を行いました。
同年12月のEU議会決議(27カ国)はさらに踏み込んで、日本政府に「歴史的、法的な責任」を果たすことを要請し、被害者・遺族への賠償を行うこと、個人が政府に賠償を求める権利を認めることを求めています。
このように、被害者たちも、被害国政府も、国連・国際社会も、国民基金を謝罪として不十分と認識して、被害者への明確な謝罪と法的賠償を求めています。
もっと詳しく知りたい場合は、以下がおススメです。
村山富市(理事長)「アジア女性基金解散記者会見における理事長発言要旨」(2007年3月6日)
ゲイ・マクドゥーガル、VAWW-NET Japan訳『戦時性暴力をどう裁くか-国連マクドゥーガル報告全訳』凱風社、1998年
金富子・中野敏男編『歴史と責任』青弓社、2008年
和田春樹「日韓関係危機の中の慰安婦問題」『世界』2012年12月号
VAWW RAC編、西野瑠美子・金富子・小野沢あかね責任編集『「慰安婦」バッシングを越えてー「河野談話」と日本の責任』大月書店、2013 年