Ⅰ.「韓・日 日本軍慰安婦被害者問題合意検討タスクフォース」発足 〔略〕
Ⅱ.慰安婦合意の経緯 〔略〕
Ⅲ.慰安婦合意に対する評価
以下では合意内容、合意の構図、被害者中心の解決、政策の決定過程及び体系に分けて評価した。
1.合意内容
(1) 公開部分
ア.日本政府の責任
(韓・日外相の共同記者会見における日本側の発表内容)
慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。
責任の部分で日本政府の責任を修飾語なしで明示することにしたのは、責任に関する言及がなかった河野談話や、責任の前に「道義的」が付されていたアジア女性基金当時の日本総理の手紙に比べて、進展と見ることができる。また、「日本政府として責任を痛感」するに加え、総理のおわびと反省の気持ちの表明、そして日本政府の予算拠出を前提にした財団設立が合意内容に盛り込まれたのは、日本が法的責任を事実上認定したと解釈できる側面がある。
しかし、日本政府は、請求権協定により慰安婦問題がすでに解決されているため法的責任が存在しないという立場を堅持している。日本側は交渉の全ての過程と交渉妥結直後の両首脳間の電話に至るまで、一貫して、繰り返しこうした立場を明らかにした。
韓国政府は、日本が確固たる法的立場を固守しているため、法的責任の認定を引き出すことは難しいと見て、日本政府が法的責任を事実上認定したと解釈できるようにするという現実的な方案を推進した。韓国側は、「消耗的な法理論争を繰り広げるより、被害者を中心に考えながら被害者が納得できる解決策を導き出すという姿勢で創意的な解決策を模索するのが望ましい」という立場から交渉を進めた。
法的責任の認定は、被害者側の核心的な要求事項の1つであった。外交部も内部検討において、法的責任は国内の説得において核心的な事案であり、単に「日本政府の責任」とする場合、国内の説得に難航が予想されると、問題点を認識していた。韓・日両側はこの部分が論争になることを予想し、「発表内容に関するプレス質問への応答要領」において、「合意の中の「責任」の意味について問われた場合、「日本軍慰安婦被害者問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」という表現に尽きるのであって、それ以上でもそれ以下でもない」と答えるよう調整した。
韓国側は交渉において、従来の日本の「道義的責任の痛感」より進展した「責任の痛感」という表現を引き出した。しかし、「法的」責任や責任の「認定」という言葉を引き出すことはできなかった。韓国側はこれを補うため、被害者訪問など、被害者の心を和らげる措置を日本側に要求したが、合意に盛り込むことはできなかった。
イ.日本政府の謝罪
(韓・日外相の共同記者会見における日本側の発表内容)
安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する。
安倍総理は内閣総理大臣の肩書きで謝罪と反省を表明した。かつてアジア女性基金当時、被害者に伝えられた日本総理の手紙にも「おわびと反省の気持ち」という表現が入っていたものの、慰安婦合意ではさらに公式的な形でこうした意を明らかにしたことから、今回の謝罪と反省の表明は、従来にくらべて進展したものと見ることができる。
被害者及び関連団体は、日本政府の「後戻りできない」謝罪を要求してきており、韓国政府も交渉過程で不可逆的かつ公式性の高い閣議決定の形での謝罪を求めていた。しかし、閣議決定を通じた謝罪には至ることができなかった。また、その形式も被害者におわびと反省の気持ちを直接伝えるものではなかった。内容も、アジア女性基金の総理の手紙のうち、「道義的」という用語だけを除き、同じ表現と語順をそのまま繰り返した。
ウ.日本政府の金銭的措置
(韓・日外相の共同記者会見における日本側の発表内容)
日本政府は、これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ、その経験に立って、今般、日本政府の予算により、全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には、韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し、韓・日両国政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。
金銭的措置の面において、アジア女性基金とは異なり、日本政府が予算で全額拠出した金銭を用いて韓国内に財団が設立された。そして、慰安婦合意当時の生存被害者47人のうち36人と、死亡被害者199人の遺族68人がこの財団を通じて金銭(生存者1億ウォン、死亡者2000万ウォン)を受け取ったか、受け取る意思を明らかにした(12月27日現在)。
慰安婦問題が請求権協定により解決され、法的責任がないとする日本を相手に、日本政府の予算のみを財源にして個人に支給することができる金銭を引き出せたのは、これまでになかったことである。
しかし、日本側は合意直後から、財団に拠出する金銭の性格が法的責任による賠償ではないとしている。一部の被害者や関連団体も、賠償としての金銭ではないので受け入れられないとしている。このように、被害者の立場から責任問題が完全に解消されていない限り、被害者が金銭を受け取ったとしても慰安婦問題が根本的に解決されたとはいえない。
日本政府の出す金銭が10億円と決められたのは、客観的な算定基準によるものではなかった。韓・日外交当局の交渉過程で、韓国政府が被害者から金額に関する意見を集約したような記録を探すことはできなかった。
また、韓国に設立された財団を通じて被害者と遺族に金銭を渡す過程で、受け取った人と、受け取らなかった人に分かれた。これにより、韓・日間の葛藤構図である慰安婦問題が韓国内部の葛藤構図に変わった側面がある。
エ.最終的かつ不可逆的解決
(韓・日外相の共同記者会見における日本側の発表内容)
日本政府は上記を表明するとともに、以上申し上げた措置(外相会談時では「上記②の措置」)を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
(韓・日外相の共同記者会見における韓国側の発表内容)
韓国政府は、日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し、日本政府が先に表明した措置(外相会談では、「上記1.②の措置」)を着実に実施するとの前提で、今回の発表により、日本政府と共に、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は、日本政府の実施する措置に協力する。
※傍線は慰安婦タスクフォースによる。
最終的・不可逆的解決という表現が合意に盛り込まれたことは、慰安婦合意の発表後、国内で大きな議論となった事案であった。
「不可逆的」という表現が合意に盛り込まれた経緯を見ると、2015年1月の第6次局長級協議で韓国側がこの用語を先に使いはじめた。韓国側は従来に示されたものより進展した日本総理の公式謝罪があるべきだとして、不可逆性を担保するため、閣議決定を経た総理の謝罪表明を要求した。
韓国側は、日本の謝罪が公式性を持つべきであるとの被害者団体の意見を参考に、このような要求をした。被害者団体は、日本がこれまで謝罪した後、それをくつがえした事例が頻繁にあったとしながら、日本が謝罪する場合、「後戻りできない謝罪」であるべきだということを強調してきた。2014年4月、被害者団体は、「日本軍慰安婦問題解決のための韓国市民社会の要求書」において、「犯罪事実と国家的責任に対し、くつがえすことのできない明確な方式の公式的認定、謝罪および被害者に対する法的賠償」を主張したことがある。
日本側は、局長級協議の初期には、慰安婦問題が「最終的」に解決されるべきだとだけ述べていたが、韓国側が第六次局長級協議において謝罪の不可逆性の必要性を述べた直後に開かれた第1次ハイレベル協議から、「最終的」だけでなく「不可逆的」解決を合わせて要求した。
2015年4月の第四次ハイレベル協議において、こうした日本側の要求が反映された暫定合意がなされた。韓国側は、「謝罪」の不可逆性を強調していたが、当初の趣旨とは異なり、合意では「解決」の不可逆性を意味するものに脈絡が変わった。
外交部は暫定合意の直後、「不可逆的」の表現が含まれると、国内的に反発が予想されるため、削除が必要であるとの検討意見を青瓦台に伝えた。しかし、青瓦台は「不可逆的」の効果は責任の痛感及び謝罪を表明した日本側にも適用されうるとの理由で受け入れなかった。
「最終的かつ不可逆的解決」という文言の前に「日本政府が財団に関する措置を着実に実施するとの前提で」という表現を入れることを先に提案したのは韓国であった。韓国側は、慰安婦合意の発表時点では、日本政府の予算拠出がまだ成されていないであろうと考え、履行を確実に担保するためにこのような表現を提案した。
このくだりは、最終的かつ不可逆的な解決の前提に関する論争を産み出した。日本政府が予算を拠出するだけで慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されると解釈される余地を残したからである。しかし、韓国側は協議の過程で韓国側の意図を確実に反映できる表現を含めるための努力を積極的に払わなかった。
結局、両側は慰安婦問題の「解決」は最終的かつ不可逆的と明確に表現しながら、「法的責任」の認定は、解釈を通してのみできる線で合意した。それでも韓国政府は、日本側の希望に応じて、最終合意で日本政府の表明と措置を肯定的に評価した。そして、日本政府の実施する措置に協力するとも言及した。
オ.在韓日本大使館前の少女像
(韓・日外相の共同記者会見における韓国側の発表内容)
韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する。
日本側は、少女像問題に関して格別な関心を示していた。合意内容は外相らが共同記者会見において発表した部分と発表していない部分に分かれているが、少女像問題はその両方に含まれている。
少女像問題などについて両側が非公開にした部分は次のとおりである。
日本側は「今回の発表により、慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されるので、挺対協等の各種団体等が不満を表明した場合であっても、韓国政府としてはそれに同調せず、説得していただきたい。在韓国日本大使館の前の少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画をうかがいたい」と言及した。
これに対し、韓国側は「韓国政府は、日本政府が表明した措置の着実な実施が行われるとの前提で、今回の発表により、日本軍慰安婦被害者問題は最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、関連団体等の異なる意見表明がある場合、韓国政府としては説得のために努力する。韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」とした。
日本側は、交渉初期から少女像移転問題を提起しており、合意内容の公開部分に盛り込むことを希望した。韓国側は、少女像問題を交渉の対象としたという批判を懸念し、この問題が合意内容に盛り込まれることを反対していた。しかし、交渉過程のなかで、結局、これを非公開部分に入れようと提案した。
両側が交渉のなかで具体的な表現をめぐって押し引きをした末、最終的には「関連団体との協議を行う等を通じて適切に解決されるよう努力する」という表現が、合意内容の公開部分と非公開部分に同時に盛り込まれることとなった。韓国側は、これが少女像の移転を合意したものではなく、発表内容のとおり「努力する」以上の約束は、別途存在しないと説明してきた。特に、国会やマスコミなどが、公開された内容以外の合意があるのか問うたのに対し、少女像に関してそのような合意はない、という趣旨で答弁してきた。
しかし、韓国側は公開部分における少女像関連の発言とは別に、非公開部分においては、日本側が少女像問題を提起したことに対応する形で、同じ内容の発言を繰り返した。特に、非公開部分において韓国側の少女像関連発言は、公開部分での脈絡とは異なり、「少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画をうかがいたい」という日本側の発言に対応する形となっている。少女像は、民間団体の主導により設置されたものであるだけに、政府が関与して撤去することは困難であるとしてきたにもかかわらず、韓国側はこれを合意内容に含めた。このため、韓国政府が少女像を移転すると約束しなかった意味が薄まってしまった。
カ.国際社会における非難・批判の自制
(韓・日外相会談共同記者会見における日本側の発表内容)
あわせて、日本政府は、韓国政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。
(韓・日外相会談共同記者会見における韓国側の発表内容)
韓国政府は、今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で、日本政府と共に、今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える。
国際社会での相互非難・批判自制に関して、韓国側は、この問題もまた、慰安婦問題が解決されれば、自然と解消されると主張していたが、日本側は一貫してこのような内容を盛り込むことを望んでいた。韓国側は「日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で」、非難・批判を「互いに」自制することで同意した。
慰安婦合意以降、青瓦台は、外交部に対し、基本的に国際舞台において慰安婦関連の発言を控えるよう指示したこともある。そのため、まるでこの合意により、国際社会において慰安婦問題を提起しないことを約束したかのような誤解を招いた。
しかし、慰安婦合意は、韓・日2国間レベルで日本政府の責任、謝罪、補償問題を解決するためのものであり、国連など国際社会において、普遍的な人権問題、歴史的教訓として慰安婦問題を取り上げることを制約するものではない。
(2) 非公開部分
慰安婦合意には、外相共同記者会見の発表内容以外の非公開部分があった。このような方式は、日本側の希望により、ハイレベル協議において決定された。非公開部分は、①外相会談における非公開のやりとり、②財団設立に関する措置内容、③財団設立に関する論議の記録、④発表内容に関するプレス質問への応答要領となっている。
非公開のやりとりは、韓国挺身隊問題対策協議会(以下、「挺対協」)等、被害者関連団体への説得、在韓日本大使館前の少女像、第三国における慰安婦の碑、「性奴隷」用語など、国内的に敏感な事項である。非公開のやりとりは、日本側が先に発言し、韓国側がこれに対応する形式で構成されている。
まず日本側は、(1)「今回の発表により、慰安婦問題は最終的かつ不可逆的に解決されるので、挺対協などの各種団体などが不満を表明した場合であっても、韓国政府はそれに同調せず、説得していただきたい。在韓国日本大使館前の少女像をどのように移転するか、具体的な韓国政府の計画をうかがいたい」、(2)「第三国における慰安婦関連の像・碑の設置については、このような動きは、諸外国において各民族が平和と調和のもとで共生することを希望しているなかで適切ではないと考える」、(3)「韓国政府が今後「性奴隷」という言葉は使用しないでほしい」と言及した。
続いて韓国側は、(1)「韓国政府は、日本政府が表明した措置の着実な実施が行われるとの前提で、今回の発表により、日本軍慰安婦被害者問題は最終的かつ不可逆的に解決されることを確認し、関連団体等の異なる意見表明がある場合、韓国政府としては説得のため努力する。韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する」、(2)「第三国での日本軍慰安婦被害者に関連した石碑・像の設置問題については、韓国政府が関与するものではないが、本発表を受け、韓国政府としても、このような動きを支援することなく、今後の韓日関係が健全に発展するよう努力する」、(3)「韓国政府は、この問題に関する公式名称は「日本軍慰安婦被害者問題」だけであることをあらためて確認する」と対応した。
韓国政府は、公開された内容以外の合意事項があるのかを問う質問に対して、少女像に関連してはそのようなものはないとしながらも、挺対協への説得、第三国における慰安婦の碑、「性奴隷」表現と関連した非公開内容があるという事実は明かさなかった。
韓国側は、交渉初期から慰安婦被害者団体に関連する内容を非公開のものとして受け入れた。これは被害者中心、国民中心ではなく、政府中心で合意したということを示すものである。
日本側は、挺対協など、被害者関連団体を特定しながら、韓国政府に説得を要請した。これに対し、韓国側は挺対協と特定することはせず、「関連団体への説得努力」をすると日本側の希望を事実上受け入れた。
また、日本側は、海外における慰安婦の碑などの設置を韓国政府が支援しないとの約束を取り付けようとした。韓国側は、第三国における慰安婦の碑の設置は政府が関与するものではないとして日本の要求を拒否したが、最終段階において「支援することなく」という表現を入れることに同意した。
日本側は、韓国側が性奴隷という表現を使わないことも希望した。韓国側は、性奴隷が国際的に通用する用語であることから反対していたが、政府が使用する公式名称は「日本軍慰安婦被害者問題」だけであると確認した。
非公開の言及内容は、韓国政府が少女像を移転したり、第三国で慰安婦の碑を設置できないように関与したり、「性奴隷(sexual slavery)」という表現を使わないと約束したものではないが、日本側がこのような問題に関与できる余地を残した。
2015年4月、第四次ハイレベル協議において暫定合意内容が妥結された後、外交部は、内部の検討会議において修正・削除が必要な事項を4項目にまとめた。ここには、非公開部分の第三国における慰安婦の碑、性奴隷の表現の二つが入っており、公開および非公開部分の少女像への言及も含まれていた。これは、外交部が、非公開の合意内容が副作用を起こしかねないことを認知していたことを示す。
(3) 合意の性格 〔略〕
2.合意の構図
これまで、被害者側の3つの核心要求事項、すなわち、日本政府の責任認定、謝罪、賠償の観点からみると、慰安婦合意は、アジア女性基金などの従来と比べて進んだものであるとみることができる側面がある。特に、安倍政権を相手に、この程度の合意を導き出したことを評価する一部の見方もある。
3つの核心事項は、日本側が他の条件をつけることなく、自発的に行うことが望ましかった。しかし、慰安婦問題の最終的・不可逆的解決の確認、少女像問題の適切な解決努力、国際社会における相互非難・批判の自制など、日本側の要求を韓国側が受け入れる条件で妥結した。
韓国側は、当初、河野談話で言及された未来世代への歴史教育および真相究明のための歴史共同研究委員会の設置など、日本側がとるべき措置を提示するなど、対抗することもあったが、結局は日本側の構図どおりに交渉することとなった。このように3つの核心事項と韓国側の措置が交換される方式で合意がなされたことで、3つの核心事項の中である程度進展として評価できる部分さえもその意味が薄れてしまった。
さらに、公開部分以外にも、韓国側にとって一方的に負担となりうる内容が非公開として含まれていることも明らかになった。それも全て市民社会の活動や、国際舞台における韓国政府の活動を制約するものであると解釈される余地のある事項である。このため、公開された部分だけでも不均衡性を有していた合意が、さらに傾きを増すこととなった。
3.被害者中心の解決
慰安婦合意について重要なものとして浮上している問題意識は、この合意が慰安婦被害者及び関連団体、国連などの国際社会が強調してきた被害者中心のアプローチとその趣旨を反映しているかという点である。韓国政府は慰安婦問題を戦時性暴力など普遍的な価値として女性の人権を保護するための観点から取り扱ってきた。
戦時女性の人権問題に関連し、被害者中心のアプローチは、被害者を中心に救済と補償が行われるべきであるというものである。2005年12月国連総会の決議によると、被害者が受けた被害の深刻さの程度及び被害が発生した状況の歴史的な脈絡によって、それに相応する完全かつ効果的な被害の回復が行われるべきである。
大統領は慰安婦問題について「被害者に受け入れられ、韓国国民が納得できる」、「国民の目線にも合い、国際社会にも受け入れられる」解決になるべきであると強調した。韓国外交部は局長級協議の開始が決定された後、全国の被害者団体、民間の専門家などに会った。2015年の1年間だけで合計15回以上被害者及び関係団体に接触した。
被害者側は、慰安婦問題の解決のためには日本政府の法的責任の認定、公式謝罪、個人への賠償の3点が何より大事だと言ってきた。外交部は彼らの意見と専門家らの助言を踏まえ、修飾語のない日本政府の責任認定、日本総理による公式謝罪、個人への補償を主な内容とする交渉案を用意し、局長級およびハイレベル協議に臨んだ。
外交部は交渉に臨みながら韓・日両国の政府間で合意しても被害者団体が受け入れなければ再び原点に戻るしかないため、被害者団体を説得することが重要であるとの認識を持っていた。また、外交部は交渉を進める過程で被害者側に関連内容を随時説明した。しかし、最終的かつ不可逆的解決の確認、国際社会での非難・批判の自制など、韓国側の取るべき措置があることに関しては具体的に知らせなかった。特に、金額に関しても被害者の意見を集約しなかった。結果的にかれらの理解と同意を引き出すことに失敗した。
被害者団体は合意の発表直後、声明を通じて「被害者らと支援団体、また国民の熱望は、日本政府が日本軍「慰安婦」犯罪に対して国家的かつ法的責任を明確に認め、それに伴う責任を履行することで被害者らが名誉と人権を回復し、再びこのような悲劇が再発しないようにすることであった」と反発した。また、彼らは最終的かつ不可逆的解決と少女像問題などが含まれたことに対して強く批判した。
国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)は、日本政府の定例報告書に関する2016年3月の最終見解で、「慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されること」と主張した発表は、「被害者中心のアプローチ」を完全に採択しなかった」と評価した。また、合意を履行する過程で被害者の意思を十分に考慮し、真実、正義、賠償に関する被害者らの権利を保障することを日本政府に促した。拷問禁止委員会なども慰安婦合意に関して被害者中心のアプローチが欠如していると指摘した。
4.政策の決定過程及び体系 〔略〕
Ⅳ.結論
慰安婦タスクフォースは今まで被害者中心のアプローチ、普遍的価値と歴史問題に臨む姿勢、外交における民主的要素、部処間の有機的協力とコミュニケーションを通じたバランスの取れた外交戦略という観点から合意の経緯を把握し、内容を評価した。
慰安婦タスクフォースは、次のような4点の結論を出した。
第一に、戦時女性の人権に関し、国際社会の規範として定着した被害者中心のアプローチが慰安婦交渉の過程で十分に反映されず、一般的な外交懸案のようにギブアンドテイクの交渉で合意がなされた。韓国政府は被害者が一人でも多く生存している間に問題を解決すべきだとして協議に臨んだ。しかし、協議の過程で被害者の意見を十分に集約しないまま、政府の立場を中心に合意を結んだ。今回の場合のように被害者らが受け入れない限り、政府間で慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的解決」を宣言したとしても問題は再燃するほかない。
慰安婦問題のような歴史問題は短期的な外交交渉や政治的妥協で解決しがたい。長期的に価値と認識を広め、未来世代に歴史教育をほどこすことと並行して進めるべきである。
第二に、朴槿惠大統領は「慰安婦問題の進展のない首脳会談は不可」と強調するなど、慰安婦問題を韓日関係全般と連係し解決しようとしたが、むしろ韓日関係を悪化させた。また、国際環境が変わったことを受け、「2015年内の交渉終結」方針に旋回し、政策の混乱を呼び起こした。慰安婦などの歴史問題が韓日関係だけでなく、対外関係全般に負担を与えないようバランスの取れた外交戦略を立てるべきである。
第三に、今日の外交は国民とともにあるべきである。慰安婦問題のように国民の関心が大きい事案であるからこそ、国民とともに呼吸する民主的な手続きと過程がより重視されるべきである。しかし、ハイレベル協議は終始一貫、秘密交渉で進められ、知られた合意内容以外に韓国側にとって負担になりうる内容も公開されなかった。
最後に、大統領と交渉責任者、外交部の間のコミュニケーションが足りなかった。その結果、政策方向が環境の変化によって修正または補完される仕組みが作動しなかった。今回の慰安婦合意は政策決定の過程において幅広い意見集約と有機的なコミュニケーション、関連部処間での適切な役割分担が必要であることを示すものである。
外交は相手がいるものであるだけに、当初立てた目標や基準、検討過程で提起された意見を全て反映することはできない。しかし、このような外交交渉の特性と困難を勘案しても、慰安婦タスクフォースは上述の4点の結論を出すほかなかった。
以上
*韓国政府による日本語全訳(韓国大使館ウェブサイトhttp://overseas.mofa.go.kr/jp-ja/brd/m_1055/view.do?seq=757294 掲載)をもとに抜粋し、原文と対照のうえ日本語を整えた。