2-9 特殊慰安施設協会は米軍の国営だった?

Q&A「占領軍は慰安所を要求した?」で取り上げたRAAについて、ウィキペディアでは、「池田信夫氏から、米軍が日本で経営した特殊慰安施設協会などを例に、国営売春施設はどこの国にも存在する制度であるのに……」と書き、その根拠として、池田信夫氏のブログがあげられています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E8%A6%8B%E7%BE%A9%E6%98%8E#cite_note-8 ならびにhttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51860114.html ともに2013.7.30アクセス)

まずウィキペディアの書き込みですが、「米軍が日本で経営した特殊慰安施設協会」というのが明白な間違い(というよりウソ)であることは、Q&A 「占領軍は慰安所を要求した?」の説明を読んでいただければ明らかでしょう。いったい何を根拠に「米軍が経営した」と言うのでしょうか?その証拠を出してほしいものです。

また「国営売春施設はどこの国にも存在する制度」というのならば、「国営」であることを示す証拠を、各国ごとに挙げてほしいものです。

ウィキに書き込んだ人物は、上記の記述の根拠に池田信夫氏のブログを挙げていますが、読み比べてみると、根拠になっていません。単純に日本語の読解力がないのかもしれませんが、念のために池田信夫氏のブログを取り上げてみましょう。

池田氏は、吉見義明氏が「軍の施設として組織的に慰安所を作った国はほかにない。日本の慰安婦制度は特異だった」と2013年6月4日の大阪市役所でも記者会見で話したことを取り上げて、ウソだと言っています。まず抑えておきたいのは、この括弧でくくられた表現は、共同通信の配信記事の表現であることです。こうした報道は、記者会見での話のすべてを正確に伝えるものではなく、記者が要約していることは常識です。たとえば、テレビでのインタビューでも、何十分も話したのに、実際に放映されるのは数十秒、ときには数秒ということが少なくありません。重要だと思って話したことが切り取られて、ある部分だけが流されるのが普通です。

吉見氏本人がこれまで書いてきたことを見ても、『従軍慰安婦』(岩波新書、1995年)において、各国の軍隊のケースを取り上げ、ドイツ軍・親衛隊の慰安所についても紹介していますし(202頁以下)、『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(岩波ブックレット、2010年)の中でも「軍が率先してこのような制度をつくり、維持・管理していったのは、確認される限り、日本軍とドイツ軍しかありません」(53頁)と述べています。

従軍慰安婦 (吉見義明) 日本軍「慰安婦」制度とは何か (吉見義明)

また吉見氏が共同代表を務めている日本の戦争責任資料センターが2013年6月9日に発表した「日本軍「慰安婦」問題に関する声明」においても、次のように述べています。

日本軍「慰安婦」制度と同じような制度が世界の各国にもすべてあったかのような主張がなされているが、その根拠を示す資料はまったく提示されていない。これまでの研究では、第二次世界大戦時において日本軍「慰安婦」制度のような国家による組織的な性奴隷制を有していたのは、日本とナチス・ドイツだけであった。当時、当初から公娼制のなかったアメリカや、イギリスなどのように公娼制を廃止していた国が多く、将兵が民間の売春宿を利用することはあったとしても、軍が組織的に管理運営することは許されなかった国々が多かった。諸外国の軍人による性暴力もあったが、それは「慰安婦」制度とは別のものであり、それらを混同させて、日本軍「慰安婦」制度を免罪することはできない。何よりも日本自らが犯した深刻な性犯罪である「慰安婦」制度とさまざまな性犯罪を真剣に受け止め、事実を認め謝罪と個人補償をおこなったうえで、他国の問題を提起すべきである。http://space.geocities.jp/japanwarres/

このように吉見氏は、ドイツのケースや、ほかの国々のケースも自分の著作で取り上げてきているのであって、記者会見における短い報道記事だけを基に「偽造」とか「嘘」と罵倒するのは、意図的ものを感じます。

また池田氏は「ドイツのやった国営売春」と言っていますが、「国営」というのはどのような史料を根拠に言っているのでしょうか。またドイツでは「日本の慰安婦と違って強制連行をともなう国家犯罪」と言っていますが、その違いを示す、根拠となる史料は何か、示すべきでしょう。ドイツの場合も日本と同様に、強制的に女性が慰安婦にさせられたことはその通りでしょうが、日本とは違うというのならば、その根拠を示すのが当然のことでしょう。他の国を批判するときは、根拠となる史料を示さなくてもかまわないというのはアンフェアな姿勢です(なお秦郁彦『慰安婦と戦場の性』新潮社、1999年、には、ザイトラーの本の短い要約が紹介されているだけで、根拠となる史料は載っていません)。

ついでに秦郁彦氏の、池田氏が根拠としている箇所についてですが、「強いて差異をあげれば、ドイツ軍の場合は最高レベルでの命令で律し」ていたのに対して、「日本軍は出先のかなり低いレベル、それも輸送関係を除くと業者との非公式な談合に委ね、運用もかなりルーズだったらしい点である」と述べています(151頁)。しかしながら、陸軍大臣による、1937年9月の「野戦酒保規定」改正によって、軍の正式の施設の一つとして「慰安施設」が位置づけられたことを見ても、あるいはそのほかの数多くの日本軍の陸軍省や外務省、内務省などの史料を見ても、「出先のかなり低いレベル」などとはとうてい言えないことは明らかでしょう(本ウェブサイト「資料庫」参照)。

池田氏のごまかしは、さらに「そもそも公式の施設があったかどうかなんて大した問題ではなく」と言っています。この理屈でいれば、現在の自衛隊が、防衛大臣が慰安所を作れと指示し、売春業者に詐欺や人身売買で女性を集めさせて、自衛隊駐屯地のそばに慰安所を作り(その建物は自衛隊の施設隊が建設し)、自衛隊が慰安所の管理規則を作り、女性たちの外出の認めず、隊員に曜日で割り当てて、慰安所に行かせる、ということをやっても、「大した問題ではない」、それは、隊員が休日に勝手に風俗に通うのと同じだ、という理屈になるでしょう。この程度のものがネット上では堂々と流されているのが、日本の知的レベルの現状でしょうか。

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