11-5 アメリカの日本人や日系人コミュニティは、「慰安婦」問題をどう受け止めているのか?

日本の保守系メディアでは、あたかもアメリカの日系人や日本人が皆、「慰安婦」像や碑の設置に対して、危機感を持って反対しているかのように報道されています。しかしながらほとんどの場合、「慰安婦」像や碑の設置が議論された際に反対運動を起こしてきたのは、一部の在米日本人や、「新一世」と呼ばれる戦後(大部分は高度成長期以降)に移住した人たち、及び日本の右派勢力でした。

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日系人コミュニティと「慰安婦」問題

米グレンデール慰安婦像2-4

アメリカ・グランデールの「慰安婦」像(撮影者:小山エミ)

戦前に移住し、日系人収容政策の被害を受けた人たち及びその子孫である「日系人」たちの多くは、「慰安婦」問題に関して異なる立場を表明してきました。もともとは、日系アメリカ人の中には「慰安婦」問題に興味関心を抱いていた人たちはほとんどいませんでした。それが、日本の右派の動きを報道で知って初めて危機感を抱き、「慰安婦」像の決議への支持や、日本の右派への抗議などを表明してきました。戦前の日系人収容政策での自分たちへの被害と、そのあと米国政府が謝罪と賠償を行ったこと、そして日本による被害にあった「慰安婦」たちの問題と、未だに謝罪も賠償もないという事実を切り離せないものとして受け止める日系人たちは多くいます。そうした日系人にとって、日本の右派や在米日本人たちの「慰安婦」否定論は理解しかねることでもあります。

例えば、2013年、グレンデール市の「慰安婦」像建設に関する公聴会で、地元の有力な日系人団体「市民権と名誉回復を求める日系人の会」(NCRR)や「日系米国人市民連合」(JACL)の地元支部は、相次いで「慰安婦」像設置に賛成の立場を表明しました。また、2014年3月に、日本の「慰安婦」問題否定派や、地元の幸福の科学の支部などによる「テキサスナイト in NYC」というイベントがニューヨークで開催されましたが、当初は日系人会館での開催が予定されていました。市民からの抗議で開催予定のイベントの内容を知った日系人会館側は、この使用許可をキャンセルし、集会は別会場で行われました。

2015年9月、サンフランシスコ市議会が「慰安婦」メモリアルの設置を全会一致で可決しました。今までは日系人は「慰安婦」像や碑の設置には賛成の立場を示してきたのですが、サンフランシスコでは、一部の日系人が反対にまわりました。地元コミュニティが分断されることなどを、公聴会のスピーチなどでは反対の理由にしていましたが、実際には在サンフランシスコ日本総領事館や、姉妹都市である大阪市、さらには「なでしこアクション」など日本の右派団体からの相当な働きかけがありました。特に日本政府は、日系人団体への日系企業による援助や助成の引き下げを匂わせるなど、日系人やアジア系コミュニティを分断させるような方策に出て、深刻な影響を残したと言えます。しかしながら、サンフランシスコにおいても、メモリアル設置賛成の立場をとった日系人や日系人団体も多数ありました。

在米日本人や新一世コミュニティ

米グレンデール慰安婦像2-1アメリカでの「慰安婦」像や碑への反対運動の中心で動いてきたのは、在米日本人や「新一世」たちです。とはいえ、在米日本人や新一世も一枚岩ではなく、「慰安婦」問題に関して被害者の立場に立った解決を願い、「慰安婦」像や碑の設置に賛成したり、「慰安婦」問題に関する講演会や集会などを開催する人たちもいます。例えばサンフランシスコの「慰安婦」メモリアル設置に関して、賛成の立場に立って動いた在米日本人たちもいました。2015年5月に出された、「日本の歴史家を支持する声明」に署名をした在米日本人や新一世の学者たちもいます。

ただ、在米日本人や新一世の中で、「慰安婦」像や碑に反対したり、「慰安婦」否定の立場に立つ人たちも確実におり、増えている可能性もあります。そうした人たちは、日本の右派団体やメディアと密接な関係を築きつつ、地域で活動をしたり、ネット上で発信したりしています。例えば「歴史の真実を求める世界連合会」(GAHT)は、日本の右派論客や活動家と、南カリフォルニアに住む在米日本人らの連合体です。GAHTは「慰安婦」像の建設を巡り、グレンデール市を相手取って訴訟を起こしました。またカリフォルニア州では在米日本人対象の集会を開き、また東京でも頻繁に集会を開いています。産経新聞社が東京での集会を後援するなど、産経新聞との密接な関係も伺えます。さらに、東京地裁で2015年2月に提訴された「朝日グレンデール裁判」の主要な原告も、ロサンゼルス近郊に住む在米日本人たちです。この裁判は「日本会議」などの日本の保守団体からの支援を受けています。ニューヨークでの「テキサスナイトin NYC」の際も、会場に集まった客の多くは在米日本人たちでした。

ネット上でも、アメリカ各地に住む在米日本人らが、ブログやFacebookなどで「慰安婦」否定の発信を行っています。また、日系の食料品店などで配布される、在米日本人向けのフリーペーパーなども、「慰安婦」否定論者による広告が掲載されたり、関連記事が掲載されるなどもしています。

在米日本人にとって、紙媒体の情報が手に入れづらいため、ネットに溢れる右派による「慰安婦」問題の情報にアクセスしてしまいがちということも、在米日本人らが「慰安婦」否定論に流れることに寄与してしまっているかもしれません。

とはいえ、在米日本人や新一世の全てが「慰安婦」否定論者であるわけではなく、一部の否定論者たちの動きが、ネット上での発信や産経新聞などの報道により突出して見えるということもあるでしょう。「慰安婦」否定論は、韓国系や中国系の人たちへのレイシズムとも繋がりがちですし、元「慰安婦」に対する中傷もよく見られます。このような主張を声高に行い、日本政府もそうした勢力を支持している状況では、在米日本人や新一世たちはよりアメリカの中で孤立する恐れが高くなります。そして、あたかも日系の代表かのようにそうした主張を行うことで、日系人にも多大なる迷惑となっている現状といえるでしょう。

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