5-5 朝鮮人「慰安婦」は、性奴隷ではなく、「帝国の慰安婦」だった?

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「慰安婦」は性奴隷ではなかった?

 日本軍「慰安婦」は「性奴隷ではなかった」という人々がいます。たとえば、「兵士たちと慰安婦の心情的交流もないわけではなく、……『性奴隷』のレッテルを貼るのは失礼というべきだろう」(秦郁彦氏1) とか、「慰安婦」は公娼制度下で働いたのであり高収入で待遇はよく性奴隷でなかった2とか、最近では「日本が国ぐるみで性奴隷にした、いわれなき中傷3」(安倍晋三首相)などです。新しいバージョンでは、「『性奴隷』とは、性的酷使以外の経験と記憶を消してしまう言葉4」(朴裕河氏) というのもあります。これらは、主に朝鮮人「慰安婦」を指すのが特徴です。

 しかし性奴隷とは、朴氏が言う″記憶”の問題ではなく、歴史学と国際法による「慰安婦」制度の実態を指す用語であり、論点のすり替えです。では、秦氏などが言うように、「慰安婦」は公娼であり待遇がよく外出の自由があり、心情的な交流があったので、性奴隷ではないのでしょうか。

「慰安婦」の実態は性奴隷~歴史学と国際法

 歴史学と国際法が明らかにした「慰安婦」制度の実態を簡単にみましょう。

 1990年代に入って韓国でさんが名乗りをあげアジア各国の被害女性が証言をはじめてから(Q15参照)、吉見義明氏など歴史学者によって公文書の発掘や多数の被害・加害証言をふまえた「慰安婦」制度研究が飛躍的に進みました。吉見氏の研究5は、公娼制度は「居住・廃業・選客・外出・休業の自由」が業者などによって事実上奪われた性奴隷制度であり、日本軍が創設・管理・運用した軍「慰安婦」制度では公娼制度以上にそうした自由が軍や業者によって奪われたので、文字通りの性奴隷制だったと明らかにしました。「高収入」というのも海外でのインフレを考慮しない事実誤認であり5-6参照)、「待遇がよかった」というのも軍人の見方にすぎず、軍人による逆の証言―悲惨な状態だった―が多数あったことも明らかにしました。

 一方、同じ1990年代から、国際社会では性奴隷という用語が登場しました6。国際刑事裁判所規程(ICC規程)などの定義では、性奴隷とは性的行為を行なわせる目的のための奴隷制であり、奴隷制の一形態です。そもそも奴隷制とは、「所有権に伴う権限が行使される地位又は状態」がつくり出されることであり、人に対して支配や自由の著しい剝奪のもとにおくことです(1926年奴隷制条約)。

 では、日本軍「慰安婦」制度は、国際法のいう性奴隷なのでしょうか。「慰安婦」制度の形態は、女性の出身民族、地域や状況などによってさまざまな違いがありました。しかし、歴史学や証言が明らかにしたように、共通なのは、被害女性たちがその行動を日本軍や業者に支配され、自由が著しく剝奪された「状態」におかれたこと(=奴隷制)、その目的が日本軍将兵に性的行為を行なわせるためだったことです。そうした意味で「慰安婦」制度とは国際法のいう性奴隷なのであり、1990年から国際社会の共通認識となりました。これを唯一認めていないのが、日本政府です。

朝鮮人「慰安婦」は「帝国の慰安婦」?~日本人「慰安婦」との混同

 さて、「慰安婦は性奴隷ではなかった」と主張する人々のなかに、朝鮮人「慰安婦」は「帝国の慰安婦」だったとして、日本人「慰安婦」に限りなく近い存在として描き、〈愛国〉的役割や兵士との恋愛、心情的な交流を強調する人がいます7。この言説の特徴は、慰安所での日本人兵士/朝鮮人「慰安婦」の関係を「同じ日本人としての〈同志的な関係〉」だったと強調して支配/被支配ではなかった、植民地支配は「合法・有効」であり不法・不当ではなかったなどと認識していることです8。さらに、業者に法的責任があるが、日本軍・政府には法的責任がないと主張することです95-3参照)

 では、朝鮮人「慰安婦」は、「同じ日本人」としての「帝国の慰安婦」だったのかを、証言や資料に基づき徴集や慰安所での生活からみましょう。

「植民地の慰安婦」こそが朝鮮人「慰安婦」の実態

 まず「慰安婦」徴集では、国際法の抜け道を使って植民地の女性を大量に「慰安婦」にしたことがあげられます。これは、「あきらかな民族差別」(吉見氏)でした5-7参照)

 次に、慰安所での生活をみましょう。朝鮮人「慰安婦」は、日本語や日本名を強いられ、和服(日本服)を着せられたりしました。彼女たちのほとんどは学校に通えなかったので、日本語は慰安所で覚えさせられたものです10。慰安所では朝鮮人であることは許されませんでした。

 では、朝鮮人は「同じ日本人」として扱われたのでしょうか。日本軍将兵は、「慰安婦」を″日本ピー”、″朝鮮ピー”、″支那ピー11”など、女性と民族を貶める蔑称で呼びました。慰安所では多くの場合、日本人「慰安婦」は将校用でしたが、朝鮮人・中国人「慰安婦」は一般兵士用とされ、兵士の人数が多い分過酷な扱いでした。「単価」は「内地人二円〇〇銭」「半島人一円五〇銭」「支那人一円○○銭」(兵・下士官の場合。将校は倍額)などと定め、序列化しました12(半島人・支那人は蔑称)。対価のない場合もありました。危険な前線にも主に朝鮮人が送られました。長期間拘束されたのも特徴です。

 兵士との恋愛や心情的交流がありえたとしても、トラウマ研究によれば、過酷な現実を生き延びるための反射的行動、ストックホルム症候群13と考えられます。にもかかわらず、一部分を全体化して「同じ日本人としての〈同志的な関係〉」というには無理があります。

 このように、日本軍は表向き「内鮮一体」「大東亜共栄圏」などといいながら、慰安所では女性を民族別に異なる待遇にし、民族間で差別し分断する政策をとりました。さらに日本敗戦後、朝鮮人「慰安婦」はその事実も知らされず、日本人「慰安婦」と違って、現地に置き去りにされたりしました14

 「帝国の慰安婦」言説の最大の問題点は、朝鮮人「慰安婦」を日本人「慰安婦15」 と混同して、両者の間にあった徴集や処遇の格差(民族差別)、日本軍の責任、植民地支配責任をみえなくさせたことです。

 朝鮮人「慰安婦」は、侵略されて植民地とされ一方的に「日本国籍」を強要されたうえに、自らを支配する日本が勝手に起こした侵略戦争を遂行するための性的道具として動員され使い捨てにされた、というのが実態です。

 つまり、朝鮮人「慰安婦」は、構造的にも実態としても「同じ日本人」として〈同志的な関係〉」の「帝国の慰安婦」ではなく、植民地支配を背景に侵略戦争に民族差別的に徴集・処遇された「植民地の慰安婦」でした。 


  1. 秦郁彦『慰安婦と戦場の性』新潮選書、1999年、390~396頁。
  2. ″THE FACTS”『ワシントンポスト』2007年6月14日付。
  3. 衆議院予算委員会2014年10月3日での発言。
  4. 朴裕河『帝国の慰安婦』朝日新聞出版、2015年、143頁。
  5. 吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とは何か』岩波ブックレット、2010年。「1 これだけは知っておきたい Q&A」(Fight for Justiceブックレット『「慰安婦」・強制・性奴隷 あなたの疑問に答えます』御茶の水書房、2014年)参照。
  6. 「性奴隷」は、1993年ウィーンで開催された第2回世界人権会議、1995年北京で開催された第4回世界女性会議などで使われ、1998年の国際刑事裁判所規程(ICC規程)で国際犯罪として明確に確立された。東澤靖「「慰安婦」制度は、性奴隷なのか―国際法の視点から」(Fight for Justiceブックレット2『性奴隷とは何か』日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会編、吉見義明・小野沢あかね・前田朗・大野聖良・金富子・東澤靖・林博史著、御茶の水書房、2015年)参照。
  7. たとえば、朝鮮人「慰安婦」を論じた著作のタイトル『帝国の慰安婦』(朴裕河前掲書)、「朝鮮人慰安婦の役割は、……基本的には日本帝国を支える〈愛国〉の意味」(275頁)、「朝鮮人慰安婦も普通に愛の対象になりえたのは、彼女たちがまぎれもない『大日本帝国』の一員だったから」(同前80頁)、など。また「兵士と慰安婦の心情的交流もないわけでなく」(秦郁彦前掲書)も入る。
  8. たとえば、「朝鮮人慰安婦と日本兵士との関係が構造的には「同じ日本人」としての〈同志的関係〉」(同前書八三頁)および「日韓併合が、……合法の形になってしまっていた」(同前書184頁)「この条約〔韓国併合条約:引用者〕が〈両国合意〉」「当時の併合が〈法的〉には有効」(同前書185頁)など。朴氏は「合法・有効」説にもとづき論を進めている。
  9. たとえば「糾弾すべき「犯罪」の主体は、まずは業者たち」(朴裕河前掲書34頁)「慰安婦たちを連れて行ったことの「法的責任」は、直接的には業者たちが問われるべきである。……需要を生み出した日本という国家の責任は、批判はできても「法的責任」を問うのは難しい」(同前書46頁)など。
  10. 朴頭理さんは「フジコ」と命名され、「イラッシャイマセ」「アリガトウゴザイマシタ」「オサケ(酒)」などの日本語使用を強いられた。また、朴永心、朴頭理さんは日本人女性に似せるため朝鮮人女性の象徴といえる長髪を切られた。金富子「朝鮮植民地支配と『慰安婦』戦時動員の構図」アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)編、西野瑠美子・金富子責任編集『証言 未来への記憶―南北在日コリア編 上』明石書店、2006年、および同書『下』2010年、参照。
  11. ピーは「慰安婦」の蔑称。
  12. 独立攻城重砲兵第二大隊「常州駐屯間内務規定 第9章慰安所使用規定 昭和一三(一九三八)年三月」吉見義明編集・解説『従軍慰安婦資料集』大月書店、1992年所収。
  13. 宮地尚子『トラウマ』岩波新書、2013年、第四章、参照。ストックホルム症候群とは、誘拐や監禁事件などの被害者が、犯人と長い時間をともにすることで、犯人に過度の連帯感や愛着等の特別な依存感情を抱く心理的現象。
  14. 安世鴻『重重~中国に残された朝鮮人日本軍「慰安婦」の物語』大月書店、2013年、参照。
  15. 日本人「慰安婦」は、慰安所で相対的に特権的な扱いをうけ、「お国のため」という〈愛国〉意識をもっていた。詳しくは西野瑠美子「日本人「慰安婦」の処遇と特徴」VAWW-RAC編、『日本人「慰安婦」』現代書館、2015年、参照。
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